新企画の“先生への突撃インタビュー”もスタートして半年になります。本企画は、教室とOBとの連携を強めることで、早稲田大学の応用化学科が、今後ます ます隆盛になってもらいたいと考えたOB会活動のひとつです。 企業の新製品開発などに役に立つ情報を、教室の先生方に提供していただき大学と企業間の情報交流のキッカケが生まれてくるようにしたいと考えております。 可能な限り、素人に理解しやすいような内容とするように心がけてゆきます。
4番手として、武岡 真司教授にご協力をお願いしました。
武岡先生は、来春の早稲田理工再編で、先進理工学部・研究科の生命医科学科・専攻コースに異動されます。 応用化学専攻のご卒業で、その後、続けて在籍されてこられ教授としてお仕事をされておられましたが、この度専攻を変わられることとなります。しかし、今回の異動には、武岡先生のなみなみならぬご意志を感じます。これからも同じ早稲田の先進理工学部・研究科のお仲間としてお付き合いをお願いいたします。
土田英俊先生の研究室に配属となり、大野弘幸助手(現 東京農工大学 教授)のご指導を受けながら最初にいただいたテーマで、疎水性相互作用によって自己集合して構築する二分子膜小胞体(リポソーム)の、凍結乾燥体を完全な球形として電子顕微鏡で観察することに成功し、さらに重合領域と非重合領域とに相分離した膜から、これを溶剤処理して非重合領域を除去すると、孔の開いたリポソーム(スケルトン化リポソーム)が出来てしまいました。これを一人で、徹夜しながら走査型電子顕微鏡で覗いていた時に、ボーっと画面に浮かんできた訳ですが、あまり見つめていると焼けてしまってはいけないとやきもきしながら感動したことは今でも忘れることはありません。
しかし、この成功が悩みのスタートになると分かってきたのは、しばらくしてからのことです。 全く再現性が得られず、なかなか顕微鏡画面の中に、モノは現れてきてはくれませんでした。重合性脂質やその分子集合体の物理的、化学的な不安定さが原因で、条件をひとつひとつ設定して、しらみつぶしに確認して行く作業がしばらく続き、再会できるようになるまでに大分時間がかかりました。しかし、これが分子集合科学の研究にハマルようになった大きな理由です。
この領域は物理化学の領域でもあり、高分子や分子集合構造の制御や、界面科学に興味をもつキッカケとなりました。
その後、学会発表や論文も出しましたが、世の中の反応はあまり芳しいものではなく、特許にもなりましたが、今から考えると、出願が早すぎてすでに権利期間が過ぎてしまいました。 しかしながら、この時の経験やノウハウを活かし、原理を利用しながら人工赤血球ができるようになったわけです。これも当時北海道赤十字血液センターからのヒト血液由来ヘモグロビンの有効利用に関する共同研究の依頼で始まった経緯があります。当時の土田・西出研究室では、全合成ヘムを用いた人工酸素運搬体の研究が花盛りであり、種々の先端手法が取り入れられておりましたが、私の与えられたテーマは、その傍で分子集合科学を利用してヒトヘモグロビンをリポソームに内包しようとしたものでした。しかも、高分子イオン伝導体に関する研究課題で学位を取得した直後でした。
マテリアルベースのモノつくりは得意で、専門分野の高分子化学や分子集合科学を活かしながら、面白い集合構造の分子集合体を作れる自信はあります。
しかし、本当に最後、世の中に役立つかどうかを評価する出口の部分は、たとえば人工赤血球なるものを生体に投与するのであれば、医学系の先生方に評価していただかなくては先に進むことは出来ません。既に土田先生と慶應義塾大学医学部の小林紘一先生との間には医工連携のチャンネルがありましたので、医学サイドでの評価をお願いし、医療現場でのニーズを知るためにも共同研究を行いました。
現在では、慶應医学部の6つの教室と共同研究が行われていますし、その他の医学部や医療機関とも共同体制をとっています。これは、ワセダにとって、ある意味では医学部がなかったことが幸いしたかもしれません。他大学の医学部と必要に応じた医工連携が組め、また山手線の内側にキャンパスがあることも地の利があるように思います。医学部の先生方は、医療が本業ですから、日常が多忙を極めており、全ての研究の準備と解析作業は、我々が自分達で行なわなくてはならないわけです。
いつまでも医学部の先生方におんぶにダッコでは申し訳ないし、自分達の考えで萌芽的な研究を試すこともままなりませんので、どうしても将来のことを考えると、生命医科学系の研究現場をワセダ内に持ち、専門家を早期に育成することが大切だと考えてきました。
モノつくりから評価までを一貫して出来る体制と、専門の人材が必要となってきています。医学、薬学、理学、工学のそれぞれの専門家がそれぞれの場所で共同研究と称して行なっても、やはりそれぞれの分野の専門の域を出ることは出来ないわけで、融合領域の専門家は育ちません。今や時代を先取りできる次世代の人材を育てることが真の意味での成果です。
早稲田大学では、来年(2007年)の4月に理工系の再編が行われます。新設の学科・専攻として、生命医科学コースがスタートします。現在すでに来春からの新体制の準備が着々と進んでいます。応用化学コースとは分かれますが、応用化学の発展の一つの形として、OBの皆さんには今後も見守っていただきたいと思います。生命医科学コースは、東京女子医科大学とも連携しながら、医工学分野での新たな学問領域の創出を目指して行きます。
私自身の研究の方向としては、早稲田大学の得意分野であるナノテクノロジーと、生体投与を目的とした分子集合体の製造技術を融合させることで更なる技術的な展開を期待しています。既に早稲田のナノテク領域の先生方との連携を軸に、21COEやSCOEのサポートを戴きながら集中した研究が活発に行なわれています。しかし、今年になって国際誌“Nano Medicine”が発刊され、ナノテクノロジーをベースとした生命医科学系へのアプローチの中で、新しいコンセプトを持った医薬品の開発が行われており、我々の研究もその流れを先取りできるかの正念場にきているところです。
これからの時代は、学会レベルでの「出来ますよ」とゆうシーズの段階から、製品化や産業の創出など、出口までの目標をはっきりさせ、世の中に役に立つところまで、一貫した研究を行ってゆくことが、重要であると考えています。そのためにも大学と企業との連携をますます深めてゆく必要があります。すなわち、基礎研究から実用化までの開発の仕組み(型)の中に大学の研究がしっかり組み込まれてその責任を果たして行くことが重要だと考えています。それには解決しなければならない課題は山とあります。
自分自身の頭の中は、常に実用化を意識したモノつくりの基礎研究を極めたいと考えていますが、同時に生命医科学の学問領域の教育体制も、それと一貫させたスキームとして取り組んでゆきたいと考えています。
オキシジェニクス開発の人工赤血球製剤
デオキシ状態にてパッケージングされ
長期保存可能
とはいうものの、研究段階から実用化段階までを視野に入れた研究は、非常にむずかしいと実感しています。私がお手伝いしている、大学(早慶)発バイオベンチャーのオキシジェニクス社(本社 東京)は、人工赤血球の実用化に取り組んでおります。製造技術は研究レベルでは完成したと思っていても、製品化のためのGMP製造では大変な苦労をかけております。やはり一つの夢に向かって、同じ釜の飯を食べながら腹を割って徹底した議論が出来るところは、単なる大企業との共同研究とは違った良い部分であり、良い勉強になっています。これからの時期が最も重要な段階になりますが、社内組織も、壊しては作り、壊しては作り、良い形に直ぐ組み立てるといった、良いと考えたらすぐに実行できることがメリットかと思います。
私は、幸運にも研究から実用化までを見渡せる立場にいて貴重な経験をさせてもらっているのですが、これは、自分自身はもちろんですが、研究室の学生にも大きな影響を与えていると考えております。市場のニーズに直接接する機会もありますし、研究テーマの見通しや各研究段階でのポイントについても、より具体的にそして自信を持って指導できるようになったような気がします。そして、学生自身も自分の研究が世の中の役に立てることを実感できることで、高いモチベーションを得ているのではないかと思います。
研究室の学生は、大学と企業とのインターフェースの役割を担う応用化学会の活動に期待しているところは大きいと思います。特に、研究室の学生は、就職活動へのOBの支援に期待しています。
私が、新しい学問領域に首を突っ込んでいるがゆえに、学生は、卒業後に産業界でどのような活動が出来るのかが、理解できずに不安になっているところがあります。そこで、OBの皆様が、社会でのニーズや産業界の動きなどの情報を、学生に提供してもらえると、学生も安心して研究に集中できるものと思います。これから所属する学科が変わりましても、応用化学会にはぜひ引き続きお世話になりたいと思いますので、よろしくお願いします。
国際的、学際的なところへ、どんどん飛び込んでいってもらいたいと思います。そして、自分なりの独自の領域を開拓してゆく、勇気と自信を持って行動して欲しいと思います。
新しい学問領域や産業を生み出すのは間違いなく若い世代であるからです。世の中にはいろんな考えの人達がいるわけですから、まず、自分の考えがブレないように、理論武装を十分に行うことが重要です。
最近は、ITの進歩で文献や研究調査も簡単で、研究のトレンドを追いかけた内容をツギハギしたような研究に流されがちですが、自分が汗を流して実験に取り組まなければ物事の核心は理解できないと思います。これは今も昔も全く変わらないことです。先ずは、自分の研究室や応用化学、そしてワセダに蓄積されている知見やノウハウに積極的にアプローチして理解し、それを利用しながら独創的な研究に入っていかなければ、自分の旗を立てることは出来ないのではないでしょうか。
そして、単に論文や特許を出しただけではダメで、本当に世の中に役に立つことを研究者として先頭に立って実践して見せなければ根付かないと思います。私もまだそれができているとはとうてい言えませんが、その様にありたいと思っています。
(文責 広報委員会 委員 亀井 邦明 取材日;2006/10/5)
武岡先生の研究や経歴について、より詳細を知りたい方は、以下のページも併せてご覧ください。