先生への突撃インタビュー(その7) 菊地先生

活性化委員会・広報委員会 委員長 長谷川和正

新企画の「先生への突撃インタビュー」もスタートして一年になります。本企画は教室とOBとの連携を強めることで、早稲田大学の応用化学科が、今後ますます隆盛になってもらいたいと考えたOB会活動の一つです。
  企業の新製品開発などに役に立つ情報を教室側の先生方に提供していただき、大学と企業間の情報交流のキッカケが生まれてくるようにしたいと考えております。可能なかぎり専門外の素人に理解しやすいような内容とするように心がけてゆきます。

 7番手として、菊地 英一教授にご協力をお願いしました。
  菊地先生は、応用化学科の現職の先生の長老のおひとりです。先生は1957年に早稲田大学高等学院に入学されてから50年、半世紀の間早稲田に席をおかれた根っからのワセダマンで、もちろん応用化学科の卒業生です。大学を卒業後研究室に残られ、さらにカナダのアルバータ大学でポスドクとして研究をされた後、早稲田に戻られ助教授、教授となられました。その後第3回環境触媒国際会議議長をはじめ、ゼオライト学会、触媒学会の会長を歴任され、現在も石油学会の会長をお勤めです。公職を含め大変お忙しい中ですが、研究と学生の指導にはしっかりお時間をさかれておられます。

第7回 菊地 英一教授 (触媒化学研究室)

先生が研究に本格的に取り組み始めたキッカケはなんですか?
〜〜〜オストワルド著 「化学の学校」との出会いが触媒化学にかかわるキッカケに。〜〜〜

菊地教授写真

私が早稲田大学高等学院の3年生のときでしたが、来日したノーベル賞受賞者のライナス・ポーリング(注:1954年ノーベル化学賞、  1962年ノーベル平和賞)の講演を聴き、大学に入ったら化学の研究をしようと決心しました。「化学の学校」(注:ウイルヘルム・オストワルド著、都築洋次郎訳、岩波文庫)にも影響されました。オストワルドは、   1909年にノーベル化学賞を受賞した物理化学者で、この著には、これからの時代の触媒化学の重要性と産業における有用性が述べられていました。このオストワルドの書物に出会ったのが触媒化学の分野に進むキッカケとなりました。

石油化学の研究室に配属になりましたが、当時は石油産業が華やかな時代ではありましたが、自分としては石油化学を選択したのではなく、触媒化学の研究をするために研究室を選んだと思います。

この研究室はもともと小林久平先生が石油、石炭(草炭)などの燃料化学と活性白土・酸性白土などの珪酸塩化学と触媒への応用の研究を手がけられました。石油の分解に触媒を利用された山本研一先生、森田義郎先生と続き、自分が四代目と言われてきました。

自分の代で燃料化学から触媒化学へと部門名を変更することにしました。「燃料化学」の名称が欧米を初めとして学会の名称から消えていった時期でしたし、実際に行っている研究の内容が触媒化学であったからです。

技術的内容で先生がポイントと考えておられる点はなんですか?
〜〜〜石油産業には技術基盤としての触媒化学があります。〜〜〜

ゼオライトの構造

石油精製や石油化学では触媒がその技術基盤となっており、また触媒の科学と技術の進歩にはこれらの産業が大きく貢献してきました。たとえばガソリン製造に使用される接触改質という反応では、担体としての高表面積をもつ酸化物(アルミナなど)の表面に、直径1〜2ナノメートルの白金粒子をちりばめた触媒が使われています。高価な貴金属もここまで微粒子にすれば、工業プロセスで使用することも可能となります。この手法は、石油精製に限らず多くの実用触媒の作成に応用されています。今日流行となっているナノテクノロジーの最も早く利用された例といってもよいと思います。

  化学製品の90%以上は触媒を使ったプロセスで生産されているといわれています。化学反応あるところに触媒ありです。石油産業は石油資源と化学変換によって有用な製品にすることにより今日の文明を支えています。エネルギーや物質変換に関わる触媒の研究を自分の研究の対象と考えています。

 21世紀は資源有限の世紀といってもよいでしょう。オイルピーク論者たちは2兆バレルの石油の半分を人類は使い切ったから、これからは石油を巡ってパニックになるといっていますが、彼らも、21世紀も石油が主要エネルギー源として重要であることは認めています。 これからはその有限性を意識し、一段と高度な技術、新規な技術を目指して進化することにより、石油の恩恵をより長く、より豊かに享受することができるようにすることがわれわれの使命といってよいでしょう。それには触媒技術が鍵になるであろうと思います。

これからの研究の展望を聞かせてください。
〜〜〜科学技術の恐ろしさを認識できていない部分が最近目立ちます。〜〜〜

社会と科学技術との関係では、現代の科学技術なくしてはすでに生きてゆけないところまで来ていると言っても過言ではない状況になっています。逆にあまりにも身近すぎてしまっているがゆえに、科学技術に潜む恐ろしさを認識しないがための事故などが最近目立っているように思います。

化学は物質(モノ)の科学であり、これまで人々の生活と福祉にかかわる多様な物質を作り出すことで豊かな物質文明を達成してきました。その貢献は、もたらした危険に比べてはるかに大きかったことは、平均寿命の著しい伸びからも明らかです。しかし、同時に量的拡大路線による自然破壊など、その破壊がはっきりみえてきました。それに加えて、化学物質の安全性が社会問題にもなりました。環境汚染や健康への影響は社会不安の原因となっています。物質はすべて化学物質なのですが、化学物質というと悪者扱いされることが多いようです。「グリーンケミストリー」は、これらの問題に対する反省でもあり、反論でもあるといえます。

グリーンケミストリーは、化学が21世紀に生き残って持続的社会に貢献するための道でもあります。もっとも、「安全や安心」は化学に限らず、昨今の事故・人災を例にひくまでもなく、あらゆる科学や技術に共通する21世紀の課題といえます。

これからは、無駄のない(効率的な)かつ安全な化学プロセスによって、自然や人、生態系にとって有害で危険な物質をなるべく使わず、また作り出さない化学を目指す必要があると思います。日本人の精神文化にしっくりくる言葉で「もったいない」という意識があります。今後の技術の発展の中で、最優先で「もったいない」精神を追求してゆけば、皆が住みよい社会・地球を作ってゆけるのではないかと考えています。

大学と企業の連携についてどうゆうことをお考えですか?
〜〜〜応用化学科では昔から産学連携を行ってきました。〜〜〜

最近、特に大学における産学連携が強調され過ぎるようになっており、産学連携でないと研究ではないような雰囲気が出てきているのはどうかと思います。われわれの分野では昔から山本先生にしても、森田先生にしても東京ガスとの石油ガス化の研究から実用化までをいっしょに行うなど、企業との共同研究はごく当たり前に行ってきました。早大応化では研究の成果を社会や産業界に役立てること、実学の研究を小林先生以来の伝統としてきたと思います。
  したがってわざわざとってつけたように産学連携と言わなくても、しっかりした研究成果を出していれば産業界の方からお声がかかってくるものです。これからも社会に役に立つ化学の研究と、それを通して人材を育成することに力を傾注していきます。

応用化学会の活動への期待を聞かせてください?
〜〜〜OB会は存在しつつ゛けて、OBに帰る場所を確保することが重要です。〜〜〜

最近の応用化学会の活性化委員会の活動には大変感謝をしております。まず応化会などのOB会は、基本的には同窓会としての集まりだと思います。自分も長い間庶務理事をしていて最も気にかけたのは活動資金です。したがって、活性化委員会で会費納入率を高めてもらったことは後々の活動への影響は大きいと思います。現在の活性化委員会のメンバーは、現役時代にご自身の仕事で活躍された方々が中心となって活動されています。学生達が自分の将来について真剣に考えられるよう社会経験の豊富なOBの皆さんから就職活動への支援をしていただくとありがたいです。
 現役時代も、さらに現役引退後もそれぞれ時間ができた人達がまた戻ってこられる場をぜひ確保していってもらいたいと思います。そうすることで今まで以上にまた応用化学科が求心力をもって、現役の学生から現役OBやリタイヤーしたOBまでの結束を固められるとすばらしいと思います。

21世紀を担う皆さんへ、メッセージをお願いします。
〜〜〜「自活自習」で挑戦しつつ゛けて欲しい。〜〜〜

私が最近感じるのは、若い人達の中に「考えようとしない」、むしろ「考えられない」人間が増えてきているという点です。これは戦後の教育の弊害が顕在化したことが大きな理由の一つと考えます。学生の思考能力を引き出し、高めることが大学院での教育の主眼だと考えています。「教育」よりも「啓育」といったほうが適切かもしれません。学生諸君には是非「自己実現」に目覚めて欲しいと思います。学生時代には、学生時代にしか許されない冒険が可能です。

早稲田大学創設の功労者の一人である坪内逍遥が本学の教育方針として述べた「自活自習」の精神が今こそ必要とされていると思います。常に積極的に対象に向き合う姿勢が求められ、研究においても、社会人としても、積極的な活動と自ら習おうとする気概が重要になっています。
 若いうちは失敗を恐れずに、自活自習で新しいことに挑戦して欲しいと思います。

(文責 広報委員会 委員 亀井邦明、取材日:2007/4/6)

菊地先生の研究や経歴についてより詳細を知りたい方は以下のリンク先なども併せてご覧ください。

応用化学科 研究者向けウエブサイト内の菊地先生の紹介
 http://www.waseda-applchem.jp/lab/lab002.html?m=la
石油学会ホームページ(JPI Home Page JP)の石油学会菊池会長メッセージ
http://www.soc.nii.ac.jp/jpi/top.html
早稲田大学21世紀COE 実践的ナノ化学教育研究拠点メンバー内の菊地先生の紹介
http://www.waseda.jp/prj-prac-chem/member/kikuchi.htm
「循環型環境技術研究センター」開設(21世紀の循環型社会創造を目指して)
CAMPUS NOW 2002/6月号の記事
http://www.waseda.jp/jp/journal/2002/0206-3.pdf