新企画の「先生への突撃インタビュー」もスタートして三年目になります。本企画は、教室とOBとの連携を強めることで、早稲田大学の応用化学科が今後ますます隆盛になってもらいたいと考えたOB会活動の一つです。
企業の新製品開発などに役に立つ情報を教室側の先生方に提供していただき、大学と企業間の情報交流のキッカケが生まれてくるようにしたいと考えております。可能なかぎり専門外の素人に理解しやすいような内容とするように心がけてゆきます。
10番手として、 黒田 一幸 教授にご協力をお願いしました。
黒田先生は、昭和49年、第24回卒の応用化学科のご出身で、鳥取県米子市の米子東高等学校より早稲田に入学され、早稲田大学の大学院から理工学部の助手、英国での研究生活を経て、助教授など務められた後、平成元年より教授として研究室や教室の運営にあたられる中、ワセダ全体に関わる環境保全センターの所長として大学運営にも関わっておられます。なお本年度のグローバルCOEのプロジェクトにも採択された「実践的化学知」教育研究拠点の拠点リーダーを担われており、大変お忙しい毎日です。
学習研究社の小学生向け雑誌「○年の科学」で育った世代で、この雑誌の付録で偏光板、顕微鏡、メスシリンダー・試験管などが付録でついていて毎月これらがくるのを楽しみにしていました。子供のときに見たり、さわったり自分でいろいろなことを考える原点がこの付録にあったように思います。科学の面白さや原理などを体験する重要な道具でした。
恩師の加藤忠蔵先生との出会いは、学部4年の研究室の配属時に無機化学研究室に入ったのがキッカケで、自分は無機も有機も両方やりたかったので、当時の加藤研究室のテーマで「無機有機複合材料の研究」があり、これならば無機も有機も両方とも勉強できると思い研究室に入りました。加藤先生からは無機材料として水ガラスを使い、有機材料はなにを使っても良いといわれて研究に着手しました。これが水ガラスやケイ酸塩との出会いとなり、生涯の研究対象としてのつき合いになるとは当時思っていませんでしたが、私の研究生活の全ての始まりとなった訳です。
自分達が卒業研究でお世話になった時代は、無機化学の研究室は少人数でこじんまりしており、その分先生を囲んで家族的な雰囲気でしたし指導教授の影響は非常に大きかったように思います。(里見応化会現会長は同じ研究室の修士二年生でいらっしゃいました。)三つ子の魂百までといいますが、現在でもオリジナルの発想をするのにどうするかが非常に重要だと考えており、学生一人ひとりに真剣に相対してオリジナルな発想ができるような研究・教育を重視してきています。
最近“ナノテクトニクス”という造語を使っていますが、これは今まであまり使われてこなかった言葉だと思います。“モレキュラーテクトニクス”という言葉も過去に使われたことはありますが、これも非常に稀です。“テクトン”を部品・レゴの意味で用い、これを組み合わせることを一つの概念にしています。ナノ材料を使いこれを部品のように組み立てて化合物を創製していくことが自由にできるようにしていきたいと考えてきました。水ガラスも徐々に“ナノテクトン”として良く理解できる部品として扱えるようになってきました。
無機層状化合物(特に粘土鉱物)の層間に分子・イオンを取り込み(インタカレーション)生成する層間化合物の研究は加藤研究室の重要テーマでしたが、純粋に層状ケイ酸塩(層状シリカといっても良いですが)層間のナトリウムイオンと有機陽イオンの複合体を解析した結果、二次元構造が3次元化することを見出しました。有機物をうまく使って無機物の構造を制御した訳です。ゼオライトの孔径を超えて、均一な孔径のシリカが出来るということで、ここ十数年研究開発は増加の一途ですが、最近企業での量産化計画が新聞報道されました。
有機合成化学と同じレベルで無機合成化学も研究できるような新しい学問体系を創製したいと考えています。有機合成化学が大学院レベルとすれば、無機合成化学はまだ幼稚園のレベルだと思いますが、構造制御のレベルがこの30年間でずいぶんと進歩してきましたので、次世代に引き継いでいければ自分達はシリカのみでしたが、他の金属酸化物系・非酸化物系へとどんどん拡張していって、学問体系もしっかり構築でき展開が大きくなると考えています。
有機基と無機骨格とが一分子の中で組み込まれるような状態ができるようになってきました。まだ無機も有機も限定された範囲であり、自分達の研究では無機サイドはケイ素が中心で、他の多くの無機物についてはほとんど手を出せていませんが、無機合成化学を学問としてこれから体系化してゆくためには、今後多くの研究者が広範囲にわたって研究に取り組んでくれることを期待しています。無機から有機まで境がなくなるような次代がやってくるのではないかと考えています。無機と有機のそれぞれ良い点をうまく使いこなすことで、一体としてより高次元の合成化学が進展していくように思います。その端緒となる研究を我々が始めていることを誇りに思います。
私が期待申し上げていた以上にOBの皆さんがご尽力くださり、大変感謝しておりますし、頭が下がる思いです。
以前から思っていたことですが、理工系研究者を主人公としたドラマや小説が少ないように思います。 以前NHKで放送されていたプロジェクトXや人物伝などでいくつかは、取り上げられてはいますが、もっと一般の技術者、理工系研究者の成功物語や失敗とそこからのカムバック物語などが後世に伝えられると、若い人達に刺激となり仕事をしていくうえで参考になると思います。
OBの皆様にはそれぞれの立場で仕事をされてこられ、貴重な経験を沢山しておられる訳で、それらをぜひ学生に伝える場があったらと考えます。貴重な経験が後世に活かされないのはモッタイないと思います。化学史・技術史に残るような決断や判断をされてこられたことを書き物として当時の社会背景なども含めて残していっていただけると、意義深いものになるのではないでしょうか。 その意味で、「突撃インタビュー」の応用化学会OB版を作ってくださると良いと考えています。コンピューターが判断しているのではなく、人間の決断がモノゴトを決めていることを知っておいてもらいたいと思います。
グローバルCOEでは博士課程院生の皆さんに、米国のミシガン大学との共催プログラム「実践的化学英語講座」での専門英語の語学研修の合宿トレーニングも用意されています。ワセダでの英語教育は非常に進んでおり国からの支援を受けて実施されています。
昨年までの21COEプログラムでは、文部科学省の化学・材料科学分野の採択プロジェクト数は23件で当然我が応用化学科を中心とするプログラムも採択されていましたが、本年度はさらに厳しく審査され13件の採択と数が半減しました。しかしながら世界をリードしていく教育研究拠点としての応用化学科・専攻の実学の強さが武器となり、“知を創出する”日本を代表するプロジェクトの一つとして採択が決定しました。応用化学科の先生方のそれぞれの専門性の高さやグローバルな評価などが背景にあると思います。私は今回のプログラムの拠点リーダーの立場で、あくまでも全体の世話人と考えています。応用化学科の先生方のお力を今後も結集して、進めていきたいと強く思っています。「実践的化学知」実践ラボの開設を検討中で、アドバイザーとして応用化学会OBの皆さんのご協力をぜひお願いしたいと考えています。
社会・人間に関わる課題について俯瞰的な問題意識を常に持ち、狭い視野での判断に陥らないような人間に育てるための教育を行っているつもりでいます。自分達がこれからの社会を引っ張っていくのだということを早く感じて欲しい。自分自身がなんであり、どんな人間であるのか、自分が存分に力を発揮できる(貢献できる)のはどこか、などに早く気ついてもらいたいと思います。この激動の時代を動かし、他国には負けないという気迫をもって生きていって欲しい。
自分が生まれてきたミッションを早い時期に感じて、日本を背負っていってくれることを期待しています。
(文責 広報委員会 委員 亀井邦明、取材日:2007/8/27)
黒田先生の研究や経歴についてより詳細を知りたい方は以下のリンク先などもあわせてご覧ください。