「先生への突撃インタビュー」も企画がスタートして足かけ三年になります。本企画
は、OB会員の皆様方へ教室の情報を提供し、会員相互の連携を強めてゆくことを目指して先生方にご協力をいただき、活性化委員会の広報委員会が担当して、ホームページへの掲載を続けてきました。
本年5月より、応用化学会も新組織となり、新しい役員・体制で活動を始めておりますが、本企画も教室とOB会員との連携をより一層強めていく上で、広報委員会の担当で継続されることとなりました。
会員の皆様の日頃の活動に少しでもお役に立つ情報を教室の先生方のご協力を得て提供し、大学と企業間の情報交流のキッカケが生まれてくるように配慮し、ご期待に沿えるよう願っております。
第11回は、有機合成化学研究の清水功雄教授にご登場いただきました。
先生は、皆様ご承知のように1975年東京工業大学工学部化学科のご出身で同大学院修了(工学博士)後5年間同学の助手として研究および若手研究者の育成に当たられた後、1985年から早稲田大学理工学部応用化学科に赴任され、1992年教授にご就任されております。
生命現象の分子レベルでの解明を目的とし生物活性を有する機能分子の設計および合成や金属錯体の触媒作用に注目したファインケミカルズの合成から有機金属化学の基礎反応の解明に至るまで有機合成化学に関連する幅広い分野を研究対象にし、同時に若手研究者の育成にご活躍されています。
大学学部時代の専攻は現在とは異なる化学工学でした。そのころはあまり真剣になにかをやろうとかあまり将来のことを考えていませんでした。むしろ何も考えていなかったと言った方が正確かもしれません。いま気がついたら大学の教員になって有機合成をやっていました、という状態です。
本格的に研究に取り組んだという意味では、博士課程に進んだのがキッカケでしたが、博士課程に進んだのは卒業研究で合成化学研究室に入り、その後、合成法を考えるのが面白くなったからです。研究室のゼミでテキストとして使ったアイルランドの「有機合成法」が非常にロジカルで興味が持てたのと、ウッドワードのキニーネ合成やコーリーのロンギホレンの合成がパズルを解くようで、自分もこのように考えたらいいなとおもい有機合成の道に入ったように思います。決して実験していることが好きだからではなく、パズルを自分で解くように考えた合成の実験は自分でやるのが面白いと感じたからです。
どっちの方向へ行けばいいかわからない迷った森を抜けるために、一方向に進んでいたにすぎないし、別の方向であれば他の分野でそれなりにやっているのではと思います。後で気がついたのは多くの先生方とお会いし導かれたのだと感じています。別にかっこいいキッカケなど何もなく、ただ当時は好きなことでも一生懸命やっていれば何とかなると考えていました。
科学的原理と技術的課題を明確にしておくことがR&Dの基本と思います。有機合成は科学的な課題を解決する一つの手段と考えています。しかし、長く有機合成を展開していると、いつのまにか手段が目的となってしまう傾向があります。いわゆる、合成化学の中だけで通用する合成化学になってしまいがちです。本来の目的である社会の役に立つための合成化学を追求することを忘れてしまってはいけないと思います。問題解決の手段は合成化学だけではありませんから、異分野の研究者が評価できる有機合成を示すことができるかが課題であり、そのための有機合成化学の深耕が必要であると考えています。
合成の領域で技術革新を論ずるとすれば、「プロセス」に関する課題と「マテリアル創製」に関する課題があります。その手段を有機合成に求めるとすれば、究極的に「炭素結合を作る」作業と「官能基を変える」作業で成り立っています。反応論を中心とした課題とこれらを実践し、実際のモノ作りに取り組む作業が有機合成研究の中心です。
これまで有機金属化学を基礎とする反応論、触媒化学、合成化学を追求してきました。新現象を見つけ出し触媒反応として有機合成反応を開発し、その反応を使って実際に生理活性物質を合成してみるという流れを繰り返しています。自身の研究はどちらかといえばシーズオリエンテッドでありコアテクノロジーとしての有機金属化学をシーズとしています。さらにその底流には有機反応論があり、有機金属化学が廃れても反応論は合成化学における永遠の沸き出る泉と考えています。
私の師匠である辻二郎先生が引用される句ですが、研究者としての自尊心は「小さくても自分のもの(Klein aber Mein)」であることに尽きるとおもいます。
人がやらないこと気がつかないことは何であるか?時には時代の「波に乗ることも重要でしょうが、目先の研究、はやり(流行)もの等々、易きに流されることは注意すべきです。あくまでも自身のビジョンの中で選択し、これも私の小学校の先生のお言葉を拝借しますが、「遠くを見ると姿勢が良くなる」と考え、研究でもこの理念は重要と考えています。
第一は、機能をデザインする合成化学です。これは有機合成化学のこれからのもっとも重要な課題と判断しています。今までは化合物の構造が与えられれば、大学院を修了したレベルの合成化学者であれば、即座に合成の仕事に取り掛かれる状況です。しかし機能での仕様を提示された場合はどうでしょうか?仕様を満足する化合物の構造を描けるでしょうか?「欲しいものを作る化学」だけでなく「欲しいものを新たに提供する化学」として、合成化学を進めていきたいと考えています。 電子材料、触媒機能、生理活性物質などはそれぞれ必要な物理学的機能、化学的機能、生物学的機能がいったい何であるのかを明らかにしていくことが重要です。その機能を発現できる構造有機化学的課題を、合成化学的に展開できる時期に来ていると思います。ここでは応用物理学、プロセス化学、ライフサイエンスなどの広範な領域との相互作用がありますので、広い基礎知識がますます必要となります。
第二は、ポスト石油化学が現在の社会的課題と考えています。有機合成化学が果たす役割は大きく、石油由来ではなく例えば植物炭素資源を扱う有機合成化学を展開していきたいと考えています。
また炭素13のC1化合物から全部炭素13で有機化合物を作れるか?という課題に取り組んでいます。自然界では生命体が太陽エネルギーにより炭酸ガスを同化し有機化合物を作り、それを代謝しながら個体を維持しまた食物連鎖による生命体間の相互依存による完璧な生態系を作り上げています。ドーキンスによる「利己的な遺伝子」の解釈からして、遺伝子の乗り物である生命体維持には、有機化合物としての炭素の濃縮が不可欠であったのだろうと思います。言い換えれば、生態系は生命体(光合成生物)による太陽エネルギーが化学エネルギーに変換された炭素化合物の利用システムです。生態系に取り込まれたすべての炭素はいずれ炭酸ガスに返りますが、炭酸ガスはいずれ生命体を構築する炭素源として再利用されます。炭素原子の生命界と非生命界との輪廻転生です。一方現在の有機合成化学の水準からして炭素資源として生命体に依存せず、かつ石油に頼らないと仮定した場合でも、炭素1の化合物から有機合成を実験室のベンチの上で、すべて人間の手でできるはずであると有機合成の研究者は自負しています。ただし実施した例は簡単な化合物を除きあまりなく、このようなドン・キホーテ的な行為を頭の良い研究者は成果が得られないものとして避けるでしょう。そこであえてアミノ酸、糖質、脂肪酸、テルペノイド、ステロイド、アルカロイドなど主たる化合物を炭酸ガスからひとつひとつ作る研究を最近開始しました。炭酸ガスから作ったことを証明するために、炭素の安定同位体を使うことを考えています。
科学技術の展開では、人材の育成においても大学と企業の協力関係が必要です。現在は組織で付き合っているのではなく、人で付き合っている状況ですが、企業側でも大学の研究・教育に興味がなくては連携の進展はないでしょう。
ここ数年大学の機能が増え教員は一人ですべてをやらなくてはならない状況になっています。アカデミアの仕事が魅力的でなければ博士課程で学問をする人は増えないでしょうし、優秀な人材が大学に勤務しなくなると思います。その点で学生が教員の活動を見て将来大学で働きたいと思うようになるかどうかは大切なことです。若い人達に対して、大学を研究・教育活動の場として魅力的にしていかなくてはならないと思います。
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応用化学会のみなさまの活発な活動に感謝しています。若い世代の参加が少ないのは、少々気になっていますが、これは仕事に忙しい時期にあるのが原因と思います。
ビジョンを持ち、また異質の分野への取り組みに一歩踏み出す勇気を持って欲しい。研究者が人間という点では昔から変化していないので、自分が「美しい」と判断することを選べば良いのではと思います。
有機合成化学でも若いときには論理的な美しさを感じました。ロジカルな思考の積み重ねによる到達点を意識しましたが、現在ではその中で飛躍による進歩が大事であることを感じています。飛躍は仕事の中から突然見出される場合と、思考の中からの場合とあり、いずれの場合もやはり良く考えて行動することが重要です。
(文責 広報委員会 委員 亀井邦明、取材日:2007/10/31)
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