第13回 交流講演会の報告
竜田邦明先生は日本化学会賞、紫綬褒章、藤原賞および大隈記念学術褒章に引き続き、このたび、学術賞として最も権威のある日本学士院賞(2009年第99回)を受賞され、早稲田応用化学会会員むけに受賞記念講演をお願いしましたところ、こころよくお引き受けいただき、盛会に催すことができました。ここにご報告します。
講演中の竜田先生
日時 :2009年7月18日(土)13:30〜15:30 引き続き懇親会
場所 :57号館201教室
講師 :早稲田大学理工学術院 教授 竜田 邦明先生
演題 : 『自然に学び自然を超す―くすりを創る』
岩井交流会委員の本日の講演会に関するご案内の後、河村応用化学会会長のご挨拶、竜田教授の輝かしい略歴、受賞歴ご紹介に続き、教員、OB、学生188名の聴衆を対象に、講演が始まった。
竜田 邦明先生の講演要旨:
講演では、先生の数々の業績を成し遂げられた根底にある、「哲学」「美学」からのメッセージを多くの実例や竜田教授の師R.B.Woodward先生、DNA二重らせんのJ.D.Watson先生、不斉合成の野依良治先生らのノーベル賞受賞者等著名な研究者との交流エピソードも交えて、有機合成が専門でない人にもわかりやすくお話頂いた。
「実践的化学知」の重要性を強調された。
まず冒頭、大隈重信候による早稲田大学教旨の紹介があった。最初に記載されている「学問の活用」が建学当時からユニークで先見の明があるとともに早稲田のアイデンティティの一つであり、21COE、グローバルCOEにもつながる、「実践的化学知」の重要性を強調された。
現在特定の化合物を有機合成する場合、サイファインダー等のソフトを利用し検索された反応を順番に実行すれば、誰でも時間をかければ目的を達することが出来るとも考えられるが、合成に成功してもそれでは個性が感じられず誰のものかは分からない仕事となってしまう。
ピカソの絵は見た瞬間に誰の絵かが分かるように、有機合成の反応でも、基礎研究や知識の上に個性を乗せる必要があると考える。ノーベル賞受賞講演で表題にR.B.Woodward先生もArtという言葉を受賞講演では使用している。○○は誰々の合成といわれるような芸術性が感じられる仕事をしなければならない。
- 学士院会員の平均年齢は約80歳であり、当然非常に知的レベルが高く、研究においては、「概念」を最も重要視している。
- 学術発表では自分が納得した仕事を自分の気に入った雑誌に出すべきである。学術誌の商業主義ともいえるインパクトファクターの高さに騙されてはならない。
- Wisdom is more precious than rubies.知識を「知恵」に変える事を学ぶのが大学である。又、目標達成よりも、そのプロセスがより重要である。
- 先生は、「すべては全合成から始まる」と提唱されてきており、その意義は、@新しい合成概念・方法論の創出、A新しい反応の開発、B構造、とくに絶対構造の確定、C生理活性の確証、D精密な構造‐活性相関研究・活性発現機構の解明、である。ただ合成するだけでなく、全合成の工程のなかにキラリと光る反応、「芸術的」なところがなければいけないと強調された。
- 天然物の全合成と生理活性を付加する課程で得られた施策として、@ルアーにブラックバスが寄って来るように必要分子が付加し易い「偽物」を加えたり、A花に蝶が寄って来るように澱粉を分解する酵素が騙される「阻害剤」を加えたり、B耐性菌が抗生物質を失活させる仕組みを対策しておくこと等である。
- 先生は実際に、単糖類のD-グルコース(または単に「グルコース」)やグルコサミンを不斉炭素源として、四大抗生物質:アミノグリコシド系抗生物質(カナマイシン、アプラマイシン類)、 β-ラクタム系抗生物質(チエナマイシン)、マクロライド系抗生物質(オレアンドマイシン、カルボマイシン、ロイコマイシン、タイロシン、リファマイシン類など)、テトラサイクリン系抗生物質(テトラサイクリン)の全合成を完成された。また現在まで、上記以外に酵素阻害剤、神経系作用物質を含め、97種の天然物の全合成を達成。その内、89種については、 First Total Synthesis である。これらの業績はマスコミでも五大陸の最高峰を制覇することに匹敵すると紹介された。
特に、テトラサイクリンについては、発想転換によりこれまで困難とされていた三級水酸基の導入法や四環式構造の構築法などを開発して、発見以来50年にわたり先人の成し得なかった全合成を達成したことは特筆に値すると考えられた。
- 全合成の過程で、独創的な反応はもちろん独自の合成概念、方法論を生み出すこともでき、医薬品を創製することも実践された。制がん抗生物質として、THP-アドリアマイシン(ピラルビシン)や抗糖尿病薬、抗生物質などを開発・実用化された。また、耐性菌によるカナマイシンの特定水酸基のリン酸化反応のメカニズム解明とその水酸基を持たない化合物の合成による耐性克服、その他、β-ラクタム系抗生物質の工業的合成研究を含め医薬品等の原料および中間体の工業的合成法の開発もなされた。
- β-ラクタム系抗生物質チエナマイシンの全合成で、糖質独自の骨格転位(ピラノース環をフラノース環に変換する反応)を開発・応用し、またセフォゾプランの側鎖部分の合成では異種複素環形成反応を実用化して、有機合成における骨格転位反応の「美しさ」と「有用性」を強調された。
- どんな仕事もいつか必ず完成するので、目標設定が大切であることを強調された。バベルの塔の絵を示され、先端(頂上)で研究している人、基礎的(地上に近いところ)に原料を作っている人すべて大切で尊敬すべきであることを述べられた。若い学生、研究者は失敗を大いにし、目的達成よりむしろプロセスを大切にして「知識」を「知恵」に如何に変えるかを学び、個性を大切にして独自の研究を貫いていくことが「芸術」につながる。研究開発に王道は無く、信じた道を進むのみである。
63号館「馬車道」に会場を移した懇親会では、山本明夫東工大名誉教授により竜田先生のこれまでの足跡の紹介とこれからの期待が述べられた後、乾杯に移り、100人を越える学生、先生、OBによる懇親が行われた。懇親会は、回数を数える毎に出席者の世代間距離が無くなり、溢れる話題の下、笑顔の交流が行われた。竜田研OG古川さんの竜田先生への花束贈呈、細川先生の音頭による同門生およそ20名の一丁締め、そして平林副会長の締めの挨拶により、盛況裡に第13回交流会・講演会の幕を閉じた。
(文責:交流委員会 岡本明生、河野善行)
懇親会風景