早稲田応用化学会・第16回交流会講演会の報告(速報)
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日時 :2010年10月8日(金)18:10〜19:30 引き続き 馬車道で懇親会
場所:63号館04, 05号会議室
演題 :「産業界に向けた大学における研究開発戦略」―電気化学の立場から―
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講師 :逢坂哲彌教授
- 1969年応化卒(吉田研)
- 1974年博士後期課程修了
- 助手、専任講師、助教授を経て1986年より早稲田大学理工学部教授。
- 再編により2007年より早稲田大学理工学術院先進理工学部教授
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下井交流委員長のオリエンテーションの後、河村応用化学会会長より挨拶および紫綬褒章等の輝かしい多くの受賞歴や国内外学会役職履歴等の紹介、同門先輩である岩井交流委員より教授のお人柄紹介に続き、門間准教授座長のもと、教員・OB・一般 74名、学生49名、合計123名の聴衆を対象に講演が始まった。
逢坂哲彌教授の講演要旨
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冒頭で、OBが研究発展を如何に支えてきたかを話され、研究室で研究を担当した博士課程の学生の紹介とともに現在までの研究室における研究の進展を概説された。
- 電気化学の学問的な位置づけから講演を開始され、熱力学を基盤として物理化学、量子論、反応速度論で体系化されたサイエンスであると定義された。また研究へのモチベーションとして、「界面」を扱う化学であることを強調され、一貫して電気化学反応における界面に注目してきたこと、界面構造を制御することによる高機能性物質創製に注力されてきたことを多くの事例とともに紹介された。物質表面の数nm、皮一枚を如何に工夫するか、制御するかがポイントであり、専門外の聴衆にも想像できるように、それは付着した手の油ひとつでもガラッと変わってしまうことを実際経験された事例のエピソードとともに示され、本日の講演のキーワードが「界面設計」であることを聴衆に印象付けた。
- 研究成果を実際に活用することを強く意識し研究開発を進められ、多くの企業と連携して研究開発に成功し、実際に世の中で活用された。紫綬褒章は発明改良功績による受章であることも象徴的であると自ら強調された。
- まず無電解めっき浴混合PbCl2/SnCl2触媒の活性核の研究事例を紹介された。日本における最初のESCAを使い直径数nmのコロイド粒子の触媒核の状況を観察し、表面層は錯体構造ではなく、金属側に寄った界面構造であることを証明された。これは関連する特許抵触の問題を解決するとともに界面構造解析の重要性を気づかせる端緒となった事例として紹介された。
- 最初に実用化につながった磁気記録およびめっきの研究例としてHDDめっきディスクの開発例を紹介された。この開発事例でポイントとなったのは、無電解めっき浴中の不純物イオン濃度がめっき膜(CoNiP)の磁気特性に大きな影響を与えるという発見であった。UPD(Under Potential Deposition)で、界面に単原子層の重金属(Pb、Ag等)が析出するが、それは10ppm程度のイオン濃度でもめっき膜の析出速度も含めて磁気特性を10%程度も変えるような影響を与えるという現象であり、本プロセスにおける不純物コントロールの重要性を見出したものであった。この課題を解決することで再現性をブレークスルーし商品化に成功した。当時はまだ半導体産業でも水の精製に本格的に取り組む以前の時期で、この時の精製プロセスが半導体の製造プロセスに利用された。さらに基礎研究を進め世界最高水準の記録密度を達成し、この方法が実用化生産プロセスとして採用された。現在ではスパッターディスクに置き換わっているが、当時は業界全体の標準プロセスとしてこの湿式プロセスである無電解プロセス法が主流となった。
- 材料が関わる研究開発は、時間がかかること、これに対してパソコン等の商品開発は、タイミング、商品企画力、市場戦略が大きなポイントとなり短期開発であることと、継続的な研究努力が技術開発には不可欠であることを前述の事例で強調された。
- 実用化につながった磁気記録およびめっきの研究例としてめっき磁気ヘッド開発事例にも触れられた。研究前は、高Bs領域は高Hc領域であるとの常識であったが、新しい材料であるCo-Fe-Ni三元系合金で精査に相図を作成することで、ある組成では特許侵害のおそれがなく高Bs領域かつ低Hc領域となることの発見へと繋がった。このNature誌にも掲載された学術的成果をメーカーへ技術移転し,
産業界にインパクトを与える軟磁性材料開発に成功された。
- 引き続き実用化につながった磁気記録およびめっきの研究例としてナノ界面での反応を利用した磁性制御の研究例も示された。現在、さらに研究を進展させ磁性ナノ粒子を用いたビットパターンドメディアの開発へとデバイス設計のブレークスルーを目指されている。
- 実用化につながった磁気記録およびめっきの最後の研究例として湿式法による次世代ULSI配線形成プロセスについて触れられた。精査な触媒担持プロセスによる界面反応を制御することで6nmのバリア層形成を達成することができたことも触れられた。
- 電池の心臓部であり電気化学反応が起こる電極と電解質との「界面」に注目し、この界面を原子や分子スケールから設計し、さらにその界面の三次元空間での配置も重要であることを強調された。実用化につながったエネルギー・電池の研究例として時間が無い中、リチウム二次電池用電極やオンチップ燃料電池の開発について触れられた。
- さらに電界効果トランジスタpHセンサーやバイオセンサー、さらには磁性ナノ粒子のバイオメディカル応用についても駆け足で紹介された。
- 講演も終わりに近づき研究室の変遷について、研究領域の拡大や公的資金獲得とともに研究スタッフも充実し研究が発展していく経緯をまとめられた。
- 企業との共同研究についてお考えに触れることができた。共同研究費の多寡より共同研究期間を長くとる重要性を以下のように強調された。「短期の共同研究では大学でも基礎的研究の深化が不十分で、同時に人材を育てることも出来ない。少なくとも4〜5年間継続して共同研究を行えば企業も大学も人材が育ち、大学でも基礎的なデータの蓄積が十分に整い学問としても体系的に扱えるようになる。また得られた知見は企業の実用化に必要なさまざまな問題の解決にも有効に働くと考える。」
- 予約時間を目一杯使い熱心にご講演頂いた為、講演会場では質疑応答時間をとることが出来なかったが、懇親会会場に場を移し、先生を囲み懇談、質疑が繰り広げられた。
講演所感
質/量ともに豊富な教授の研究成果の詳細まで踏み込みお話頂くには、今回の講演時間は余りにも短かったというのが率直な感想である。
しかしながら、幅広い応用分野で活用されている研究の根幹をなし、教室全体に行き渡っている「界面設計」というソリッドな研究思想は専門外の聴衆にもよく理解できインパクトを与えた。また研究遂行では、スライドでも紹介されたがそれぞれ領域で研究を進展させた博士課程学生の個人別に強み、個性を把握し、教室を結束させた絆の重要性は聴衆に感銘を与えたと確信する。今回の主題ともなっている大学における研究開発戦略に関しては、産業界とのwin-winの関係構築に関しては、大学の権利の確保もさることながら、最も大事なのは学問の推進であり、それを企業が理解して対応してくれること、さらに言えばこのスタンスが守られるなら権利は企業へとの教授の今までの成功体験を踏まえたお考えを拝聴することができた。研究成果のみならずこれらの優れた研究マネジメントは国際的にも評価され学会運営を嘱望される所以とも考えられる。
<懇親会>
懇親会:平林副会長挨拶、菅原主任教授乾杯で懇親会が開始され、多くの聴講者が参加した。今回の講演会は学外からの参加者も多くOB、学生諸君も含めて賑やかな談笑の輪がいくつもでき懇親を深めた。学生交流会鈴木委員長の一本締め、下井將惟交流委員長の挨拶で閉会となった。
(文責:岩井義昌、井上凱夫、河野善行)
注)講演録は応用化学会報2011年春号に掲載される予定です。
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