早稲田応用化学会・第17回交流会講演会の報告(速報)
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日時 :2010年11月27日(土)15:00〜16:40 引き続き 理工カフェテリアで懇親会
場所:55号館大会議室
演題 :『山梨大学における燃料電池教育研究活動の取り組み
−高分子電解質膜の開発研究を一例として−』
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講師 :宮武 健治氏
- 1991年応化卒(土田・西出研)、
- 1996年博士後期課程修了、
- 早稲田大学理工学総合研究センター助手、講師、
山梨大学クリーンエネルギー研究センター助教授を経て、2009年より同研究センター教授。
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下井交流委員長が司会を務め講演会に関する案内の後、河村応用化学会会長の挨拶、同門先輩にあたる下井交流委員長より講師の経歴、受賞歴紹介に続き、教員・OB 45名、学生25名、合計70名の聴衆を対象に講演が始まった。現在最も関心の持たれている課題の一つである首題に対して質疑応答も含めて多いに盛り上がった講演会であった。
宮武 健治氏の講演要旨
- 講演の初めに宮武教授は、2つのモチベーションを明確に示された。それは、「燃料電池」に関する研究領域で高分子化学の立場からどのように考えてアプローチしていくかという研究の位置づけに関するモチベーションであり、もう一つは、「燃料電池」を将来の重要な産業とする為にどのように人材を育成していくかという教育に関するモチベーションである。
- 講演の導入として「燃料電池」のバックグラウンドを説明頂いた。現在用いられているエネルギー変換方式と比較すると、「燃料電池」は火力発電の2倍以上、ガソリン・ディーゼルエンジンの3倍程度効率性が高く、またクリーンで騒音も少ない利点があると考えられている。現在の自動車からのCO2排出の70-80%削減目標を達成するためには、電気自動車や燃料電池活用は不可欠と考えられている。その他今後考えられる活用用途の広がり、今後15年に渡る「燃料電池」普及のシナリオ、水素製造パスや水素ステーションについての将来構想に関してその概要を示した。産業用途のみならず家庭用電力としてもその効率が高いことも示した。
- 「燃料電池」(水素と水のサイクルよりなる社会システム)は2020年には13兆円の市場規模となると試算されており、それに向けての人材育成、研究開発の必要性を強調された。
- 山梨大学では、1978年に工学部に燃料電池実験施設を日本で初めて開設したのを皮切りに先駆的取組みをしてきた。2009年には燃料電池ナノ材料研究センターを設立し、日本における燃料電池バレー構想を標榜している。日照時間が日本で最も長いことによるメガソーラーまた原発、天然ガス等の活用、水素ステーションへの技術蓄積、利用可能インフラ等の山梨の特徴を活かし、当センターではリビングラボとして、燃料電池車の実用化実証・標準化や水素製造/供給の実証試験、東京-名古屋-長野圏の水素供給ハブ等を目指した活動を開始している。
- 燃料電池の構成要素それぞれの現在ブレークスルーすべき課題の概要をまとめた後、構成要素の一つである固体高分子電解質膜についての課題へと議論を進めた。燃料電池の電解質膜としての必要な特性を示し、NEDOプロジェクトとして、広温度範囲・低加湿対応の電解質膜開発に邁進していること、またそのクリアすべき明確な数値開発目標も提示した。プロトン導電率は0.01Scm-1以上、水素や酸素が透過しにくいこと、安定性・耐久性に優れており5000時間以上乾燥・湿潤のサイクルで安定であること、電極との接触が良好であること、価格は数千円/m2以下であることが求められている。
- 現在、固体高分子膜としてはフッ素樹脂系イオン交換膜(Nafion、Flemion、Aciplex、Aquivion、等)が用いられているが、コスト、環境適合性に関する目標特性クリアは難しいと考えられている。そこでまず易動性水素(トリアゾール基など)を含むポリイミド電解質膜を設計した。
- 工業的生産も視野に入れた高分子合成メーカーとも共同で合成したポリイミド電解質膜は、水分含有量の低い領域でも優れたプロトン導電性を示した。またNafion膜と比べて80℃、20%RH(H2、Air)条件下でOCV(開回路電圧)が5000時間にわたり安定であることを確認した。
- 次に耐水性・機械強度などを保持したまま高プロトン導電性を増大させるため、スルホン酸基を多く導入し、かつ芳香族エーテル結合のオルト位にメチル基を導入したポリスルホン系高分子の電解質膜を設計した。低加湿運転下でも優れた特性を維持することを確認した。
- さらに局所的な親水性の増大を企図してスルホン酸基の部分密度が高い新規ブロックポリスルホン酸化電解質膜を設計した。
合成した新規電解質膜のモルフォロジーを観察するとミクロ相分離構造をとることがわかり、疎水性ブロックと親水性ブロックの割合を最適化することで疎水性のドメインで機械的強度を保ち、スルホン酸基を多く含む親水性ドメインでプロトン移動性能(高プロトン導電率)を発揮することを証明することが出来た。この新規電解質膜は、低温でのプロトン導電率、機械強度や気体不透過性も優れ、酸化・加水分解耐性にも優れていることを確認した。また燃料電池発電特性、セル電圧の長期安定性評価、長期運転後の膜状態に関しても検討を進めている。
- 超強酸性基の導入による高温低加湿条件下における導電率向上を目指し、パーフルオロスルホン酸基を有するポリエーテル系電解質膜の検討を開始した。通常のポリエーテル系電解質膜と比較して含水率は低いにもかかわらず高いプロトン導電率を示した。親水部/疎水部の制御により低湿度でのプロトン導電率の大幅な向上も観察した。
- アンモニウム基を利用するアニオン交換膜型燃料電池に用いる新規アニオン交換電解質膜の設計も検討している。イオン電導性の向上や炭酸ガスによる導電性低下という課題もあるが、非Pt系触媒の適用が可能となり電池価格の大幅なコストダウンが期待される。
- 講演の最後では、燃料電池工学としての新規学問領域としての認識とともに人材育成という観点から山梨大学の取り組みも紹介された。高校卒業時に修士課程まで進学するという高い意識を持った学生の教育プログラムも含め基礎実学融合教育等、国際燃料電池技術研究者育成のシステムを説明頂いた。2010年から国際燃料電池サマーセミナーを主催しており、海外からも米国、英国、ドイツ、デンマーク、韓国、中国、香港、シンガポール、パキスタン、ベトナムから若手研究者を集め国際的にも交流を図っている。
- 現在、政府による文部科学省予算の仕分けも実施されているが将来基盤技術となる研究開発や人材育成に対する予算的配慮の重要性を強調され講演を終えられた。
質疑応答
- 親水性と疎水性のブロック構造を有する電解質膜について紹介頂いたが、それぞれのブロック鎖長の最適な比率に関しては如何か。
A :機械的な強度や高分子反応であることによる反応性の問題や使用出来る反応溶媒の限界から疎水部・親水部の比は3~4:1ぐらいが最適な比率となっているようである。実際にX(疎水部)30Y(親水部)8がベストであった。
- 電気自動車の時代になろうとしているが、電気自動車と自動車への燃料電池活用の競争となると考える。電気自動車は、太陽光からのルートとなり、燃料電池は化石原料からのルートとなりその競争となると思うが、燃料電池は光ルートとどう競合するのか。
A :燃料電池において水素原料を何にするかは、現状では化石燃料から作ることがインフラストラクチャーや採算性から考えて一番だと思うが、長期的には水を介したサイクルを確立すべきだと考える。我々の開発した材料がどのように貢献していくかは、燃料源がどれになるかはあまり関係なく、燃料電池本体の性能に関係してくる事だと思う。電極触媒がどのような燃料に適しているかどうかとなると考える。
- プロトン易動型の燃料電池でPt以外の触媒は考えられないか。また電解質膜もDuPontのフッ素樹脂系イオン交換膜は数万円/m2もする、やはり高すぎると考えられる。
A :Pt以外の触媒としては遷移金属、酸化物、錯体等も検討されているが、現状ではPt以外触媒は難しいと考えられている。電解質膜は、現在カネカと共同で研究を続けているが数千円/m2程度のコストと考えている。提案しているコンセプトが正しいとすると合成ルートの最適化を図ることでさらなるコストダウンも期待できる。
- 自分もポスドクとして研究とともに学生の教育に携わっているが、先生は、個人の気概、想いをどうやって伸ばせば良いと考えているかお考えを聞きたい。
A :義務感で目先のデータを出すということでなく、学生とともに夢を見ること、この世界を変えてやると一緒に想う事が大切であると考えている。
- 実用化という観点から燃料電池を考えるとPt触媒が一番の課題と考えられる。コスト、供給量ともに現実的には少々難しいのではと考えられる。アニオン交換膜型燃料電池も例示されたがPt触媒を使う必要のないこの開発に力を入れるべきではないか。
A :Pt触媒に関しても、粒径を小さくして表面積を上げるコアシェル型ナノ粒子とすること等の技術的進展もあり現実的な可能性も出てきていると考えている。コスト的にも1/10となれば可能性が出てくると考えている。アニオン型燃料電池は、アンモニウム基以外に適当なカチオン種が少ないこともあり耐久性の問題、また空気中の炭酸ガスによる性能低下の問題が実用化に向けての大変大きな課題であると考えている。
講演所感
今回の講演会は学内行事とも重なり参加者は若干少なかったが、現在最も注目されているエネルギー問題、環境問題ともリンクする課題にその実現性も視野に入れた議論が講演会場のみならず懇親会場にも場所を移し続けられた。新しい産業分野となることを予見して多くの種類のマトリックス設計にチャレンジしている研究開発のみならず人材育成にも踏み込み、努力している取り組みに対しても参加者はインパクトを受けたのではと思われる。講演において専門の高分子膜の詳細な機能設計に関しては必ずしも十分な時間がなかったが、まだまだ産学官協同で努力を継続する必要があることを昨今話題となっている「事業仕分け」を引き合いに出され、新進の若手研究者としての想いを最後数枚のスライドで述べられたことも印象的であった。
<懇親会>
冒頭、恩師である西出教授よりのユーモア溢れる挨拶、宮武教授のお人柄の紹介により懇親会が開始され、学内行事終了後駆けつけた教員も含めて多くの聴講者が参加した。宮武教授は懇親会会場でも精力的に多くの教員・OB、学生諸君と質問や意見交換に応じ、賑やかな議論の輪がいくつもでき懇親を深めた。最後に平沢教授による閉めの挨拶、宮武教授の今後のご活躍、ご発展を参加者全員の拍手によるエールを送り閉会となった。
(文責:岩井義昌、井上凱夫、河野善行 写真:広報委員会)
注)講演録は応用化学会報2011年春号に掲載される予定です。
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