早稲田応用化学会・第19回交流会講演会の報告(速報)
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日時 :2011年10月1日(土)15:30〜17:00 引き続き カフェテリア馬車道で懇親会
場所:57号館201教室
『粉がつくる化粧の力』 −青色の光が肌の青色を消す−
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講師 :木村朝氏
- 1975年応化卒(新25回生、長谷川研)、1977年修士課程修了、同年(株)資生堂入社、
- 1998年東北大学応用化学専攻博士課程後期修了
- 現在、(株)資生堂 化粧品研究開発・ソフト開発担当 執行役員
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下井交流委員長の本日の講演会に関する案内、講師の紹介、河村応用化学会会長の挨拶に続き、教員・OB 49名、学生59名、合計108名の聴衆を対象に講演が始まった。今回は、交流会講演会始まって以来パーソナルケアの業種でかつ学問領域としては無機化学を主体とした本講演会であったが、多くの学生諸君が参加されたことが印象的で、講演後の質疑応答、懇親会も含めて終始活発に交流を深めることができた。
木村朝氏の講演要旨
- 化粧品領域における世界でのグローバル企業各社のシェアを上位から5社挙げると、ロレアル、P&G、ユニリーバ、エスティローダ、資生堂となっている。また化粧品の種類、基本的な構成成分について概要が説明され、参加者の化粧品に対する化学的観点からのイメージを与えた。
- 現在の化粧品領域における研究領域としては、お客さま研究、化粧品製剤開発研究、製剤技術研究、有用性研究、安全性研究、皮膚基礎研究、薬剤・素材開発研究、感性・感覚研究、美容医療・美容機器研究、美容食品研究、環境研究がある。その中の一部の研究について最近のトピックス概要が案内され、参加者は、化粧品領域の研究が多くの種類のサイエンスにまたがって実施されていることを理解した。
- メインのトピックスに入る前に、化粧品に活用されている無機粉体の種類に関してまとめた。さらに酸化チタンを例にとり、その形状や複合化処理、表面処理をすることにより化粧品に有色顔料、紫外線吸収剤、ホトクロミック材や光干渉材のような機能性粉末として活用されていることを紹介し、参加者を化粧品領域における無機化学の世界に誘った。
- 最初のトピックスは、無機紛体のサンスクリーン、紫外線散乱剤としての活用に関してであった。今までのサンスクリーンの歴史を振り返ると、20年前は水に入るとすぐ落ちたこともあり、水で落ちないサンスクリーンの開発が当初の目的だった。粉末表面を疎水化する技術を開発することで解決したが、その後、落とすときに簡単に洗い流せる特性がサンスクリーンに望まれるようになってきた。また10年前はサンスクリーンを肌に塗ると真っ白になったが、現在は肌に塗っても透明な商品が開発され使われるようになってきた。しかし、透明だと塗り残しが分からないという新たな課題も生じた。サンスクリーン開発は市場のニーズと向き合いその解決に努力してきた歴史ともいえる。
- 技術的な観点からサンスクリーン開発史をみると、酸化亜鉛はその結晶形を制御し花弁状とすることで皮膚に塗布時の透明性を向上させニーズに答えた。またサンスクリーンの耐水性を向上させるためには酸化亜鉛や酸化チタンを脂肪酸やシリコーンなどで疎水化処理をし、被膜をつくる高分子とハイブリッド化することで耐水性を確保し高い化粧持ち効果を付与した。しかし、配合粉体を疎水化したため特殊な洗浄液を使用しなくては肌上の粉体を取り除くことができないという新たな課題も生じた。
- 耐水性を有しかつ通常の洗浄行為でも落ちるというトレードオフの関係にある課題を新規素材開発により解決した。具体的には、粉末の疎水化処理剤として酸性・中性領域では疎水性を示し、石鹸の洗浄条件であるアルカリ性領域では親水性を示す刺激応答性高分子(pH応答性高分子)に着目しサンスクリーン製剤を開発した。この新規高分子で処理した酸化チタンを配合したサンスクリーンは、使用時は今までと同等の耐水性を示すとともに石鹸洗浄後にはほとんど残存せず、優れた被洗浄性を示し、これまでのサンスクリーンでは困難であった耐水性と被洗浄性の両立を実現した。
- 次のトピックスとして、表面形状を制御した粉末を使った若返りメーキャップ化粧品について紹介された。粉末の表面構造は、その光学特性、特に光の反射特性に影響を与える。そこで粉末表面を特定の形状に調整した粉末で被覆することによって、肌にハリを演出するファンデーション用の粉体開発を行った。具体的には、板状に形態制御した硫酸バリウムを被覆した雲母チタンをファンデーション基剤に応用したところ、被覆物の形状に起因する角度依存的な光の反射特性により、本素材を配合したファンデーションは特にたるんだ部分のリフトアップ感や肌のはり感の向上といった若返りに関する評価が高く、従来のファンデーションでは成し得なかった、若返ったように見える仕上がりの演出が可能になった。
- 次のトピックスは、干渉光がファンデーションにもたらす機能を痣に悩む方用のファンデーションへの応用例であった。現在、太田母斑や血管腫の治療は、レーザーによる瘢痕の消去や植皮などが行われているが、この問題を化粧品により解決することを試みた。二酸化チタンやアルミニウムパウダーのような高隠蔽性粉末を用いて痣を隠す従来の化粧品を使用すると濃い痣を隠そうとすればするほど厚づきとなり、しかも患部色と化粧品に配合されている色材とが減法混色を起こすため、くすんだ不自然な仕上がりになる傾向にあった。
- 太田母斑は通常表皮にある色素細胞が真皮に落ち込みそこでメラニンを生成することが原因である。メラニン顆粒の粒子径や分布状態によっては青色のレイリー散乱を生じ、メラニン顆粒の褐色と混色されて太田母斑の褐青色を生じる。干渉光のうち互いに補色の関係にある光を混ぜ合わせると透明になる加法混色性に着目し、痣の褐青色に対して補色の関係にある黄色光を母斑に当てることを試みた。具体的には青色干渉色の二酸化チタン被覆雲母を母斑上に化粧(塗布)することによって、その黄色の透過光を母斑に当てて、青色のレイリー散乱光と混色させて無色化することを企図した。本品を塗布した肌は、素顔に見られる太田母斑の青味がほとんど見えなくなり、更にファンデーションを重ね付けすることによって、青味は完全に隠蔽されて見えなくなることが分かった。この開発は大いに患者さんのQOL向上に寄与し喜ばれたことが強く印象に残っている。
- その他の無機粉体の化粧品への活用例として、肌荒れに関与する酵素を吸着して阻害することにより肌荒れを改善する機能粉体の開発、黒田教授との共同研究であったがメソポーラスシリカを調整し、例えばメソ孔に油脂、水分を吸着させ香料徐放への活用についても紹介された。
- 最後に資生堂で行っている、女性研究者支援活動の案内を紹介して講演を終了した。
質疑応答講演終了後時間の制約はあったが、教員・OB、学生から多くの挙手があり活発に質疑応答がなされた。
- Q1;化学の力を生かした研究開発事例として興味深く拝聴した。化粧品は外からのアプローチと考えられるが、内面から改善することは考えられるか。ナノ化等により皮膚へ浸透して薬剤の効果を発現するという考えは如何か、安全性も含めてお考えを伺いたい。
A1:基本的に化粧品はそのターゲットを角層から表皮までを対象としている。それ以上のことは医薬品のカテゴリーとなってしまうが、薬剤の浸透性を高める方法やさらにより効果的に機能させるために対象部位や対象細胞へのターゲッティングの研究も行っている。また内面からの改善という観点では資生堂は、美容食品事業も行っており、化粧品との相乗効果を企図したIN & ON といったブランドも有し、飲んでつけて美肌をつくる方向性を提案している。
- Q2;味噌の製造に従事しているので微生物に関する質問をしたい。皮膚には多くの微生物が存在するが人によってその個性も異なり、味噌も仕込む人によって味が変化することを経験している。ヒトの皮膚にも個性があるフローラ(常在菌叢)があるが、それをどう維持するのかまたどのようにコントロールすればよいかといった発想や研究はあるか伺いたい。
A2;研究はあるがまだ明確でクリアーな結論は出ていないと認識している。現在いろいろな研究機関や他社も含めて知見が蓄積しつつあり、その結果に期待したいと考えている。また麹等も含め新たなシーズとなるかもしれないので期待もしている。
- Q3;マイカ(Mica,雲母)を表面処理している事例をご紹介頂いたが、基盤としてのマイカを使う理由を教えてほしい。
A3;マイカは、屈折率が低いこと、薄片化しやすいこと、比較的透明性が高いことという特徴を有しているからその上に酸化チタン等の構造をつくる支持体として使っている。最近では、合成マイカ、シリカ、アルミナも使われてきているが、主体はマイカであり車の塗装にも活用されるパール顔料もそうである。
- Q4;JICAでタイに関係していたとき、タイの女性が大変興味を持ち一緒に資生堂の鎌倉工場を見学させてもらったことがあるが、東南アジアに展開する場合のポイントは何か教えてほしい。
A4;この地域はやはり白くなりたいという要望が強く美白化粧品の市場が大きい。しかしあまり効果があり過ぎると医薬品のカテゴリーとなってしまい、如何に緩和な効果とするか難しい点でもある。あと抗老化化粧品のニーズも高い。資生堂でもベトナムに工場を建てたので、所得が増え購買意欲が上がっているアセアン諸国に向けてこれらの商品を提供したいと考えている。
- Q5;肌あれをトリートメントするファンデーションの例を紹介頂いたが、ファンデーションを塗布するだけで肌荒れを防ぐことが出来るのか教えてほしい。
A5;ご紹介したファンデーションの例では実際に肌荒れを改善することができる。ご紹介した結果だけでなく、その後1000名以上のモニターでの検証も行い肌荒れ改善を認めた。基本的にはメーキャップ製品ではスキンケア効果を標榜しないが、グリセリンを徐放し保湿効果を有する素材も開発している。
- Q6;自分も青色干渉パール剤を扱ったことがあるが、どうも光沢が出過ぎてしまう印象を持っている。どういう工夫が必要か教えてほしい。
A6;実際には表面修飾をして散乱光を増して使っている。太田母斑への活用では、コントロールカラーに近い使い方もしているので思い切って光沢を消さないで残しておくことも重要と考えている。
- Q7;表面処理の薄膜を210nmという制御するのは難しいと考えるが何か工夫等があるのか教えてほしい。また歩留りはどのくらいか教えてほしい。
A7;通常にマイカを分散し4塩化チタン、硫酸チタニウム等を加水分解することでマイカ表面に薄膜を形成させている。膜厚の制御は干渉色を観察しながら行っている。ただしマイカの粒度分布が広すぎるとそれにより粉体個々の膜厚が変わるのでそれをコントロールすることは重要である。また歩留りは90%以上で問題はない。
- Q8;グローバルでは、ロレアル、P&G等の後塵を拝しているが近い将来日本企業として20%台のシェアを達成してもらいたい。それを目標としたときキーポイントや注意すること等をお聞かせいただきたい。
A8;難しい問題である。技術が同質化してきている事実を踏まえる必要がある。またロレアル、P&G、ユニリーバ等の欧米メーカーはお客様に価値を伝えるコミュニケーションが上手であると印象している。ブラインドで商品を比較すると資生堂の商品が良く評価されるがその価値を伝えきれていないと認識している。化粧品の情報伝達に関する研究に力を入れたいと考えている。欧米各メーカーはWebも使いフレキシブルに情報を発信している。ロレアルはM&Aでいろいろなブランドを買収して大きくなったが、資生堂は、140年の歴史や今まで蓄積してきている技術資産等の強みを生かしていきたい。またP&Gのコネクトアンドディベロップメントのようによその力をうまく使うことも考えなくてはならないと思っている。欧米人は睫毛が上を向いていたり、顔も毛深かったりする。グローバルに勝負するには、それぞれの地域で生理学的背景や文化的背景も考慮して新しい価値を作っていかねばならないと考えている。今後とも大学や他の企業とも共同で課題を解決していかねばならないと考えているのでよろしくお願いしたい。
講演所感
今回の講演会は、化粧品メーカーからの初めての講演であり、多くの女子学生が参加した。長らく無機化学、化粧品開発研究の第一線でご活躍されている演者から、専門外の我々にも分かり易く、かつ、いろいろな産業分野にもヒントを与える示唆に富む話を拝聴出来た。特に精査な無機粉体の表面設計や表面修飾技術、さらにその応用は興味深かく、そのことは質疑応答で多くの質問が寄せられたことにも反映していた。
<懇親会>
中川交流委員司会のもと、冒頭、菅原主任教授から開会の挨拶に続き、以前に演者と研究交流もあった黒田教授も急遽駆けつけて乾杯の発声と挨拶を頂いたのち懇親会が開始され、多くの聴講者が参加した。今回は懇親会へも学生の参加が多く、会場中で賑やかな談笑の輪がいくつもでき、教員・OB・学生の絆を深めた。学生交流会の向井拓史君の一本締め、平沢教授の挨拶で閉会となった。
(文責:中川善行、河野善行)
注)講演録は応用化学会報来春号(2012年)に掲載される予定です。
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