早稲田応用化学会・第21回交流会講演会の報告(速報)

日時 :2012年7月7日(土)15:30〜17:00  引き続き 理工カフェテリアで懇親会
場所 :57号館 201教室


講師 :古谷野哲夫氏
  • 1980年応化卒(新30回生、宇佐美研)、1982年修士課程修了、同年明治製菓(株)入社、1993年農学博士(広島大学)。
  • 現在、株式会社明治 菓子開発研究所 所長
  • 著書に「カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン」(幸書房、2011)。
    訳書に「チョコレートの科学」   (光琳、2007)


演題 :『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン』
−神の食べ物の不思議−


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河野交流委員長の本日の講演会に関する案内、河村応用化学会会長の挨拶、同門の桐村教授による講師略歴の紹介に続き、教員・OB 52名、学生93名、合計145名にのぼる多数の聴衆を対象に講演が始まった。特に学生諸君の参加者は多く、演題や食品業界への興味の大きさを伺うことができた。演者が開発されたチョコレートやその原料であるローストしたカカオ豆を味わいながら身近な食物であるチョコレートを少し異なる観点から考える端緒となった本講演会、懇親会であった。



古谷野哲夫氏の講演要旨:

  • 4000年前から人々に愛されている歴史のある食物であり、そのフレーバーはアイスクリームやケーキにも多く使われている。本日の講演では、チョコレートの原料である科学的なアプローチがなかなか難しいカカオの不思議について豊富な写真や現地の具体的な様子とともに紹介頂いた。チョコレートに関して表面的にしか知識を持っていない我々にとっては、チョコレートをさらに身近に感じる端緒とすることが出来た。
  • 配合量の多い順にチョコレートの原材料名を上げると、砂糖、カカオマス、全粉乳、ココアバター(カカオマスの油脂)、レシチン(大豆由来)、香料となっている。カカオ分(カカオマス、ココアバター)は味のポイントでありもっとも重要な成分である。それらは、結晶化し固化した油脂(ココアバター)を連続相として、カカオマス粒子、砂糖粒子、粉乳粒子が20μm程度以下の大きさで分散した状態となっている。舌触りに関係する分散状態や口どけに関連する油脂の融点等がチョコレートの物性を大きく支配している。これらがチョコレートの品質のポイントとなっている。
  • 原産地である熱帯雨林地方でカカオの栽培、カカオ豆の発酵、乾燥が行われ、日本に輸入される。クリーニング、ロースト、皮と胚乳部の分離の後、粉砕されカカオマスとなる。ココアパウダー生成過程で副生するココアバター(カカオマスをプレスし出来る油脂分)をカカオマスに加えるとともに砂糖、ミルク等他の成分を加えてチョコレートとして市場に出される。
  • ここでチョコレートの歴史についてまとめておく。カカオの木は中南米を起源としている。中南米では4000年前から、気温の関係もあるがチョコレートは飲まれていた。コロンブスの「新大陸発見」、スペインの侵攻によりヨーロッパにチョコレートは紹介されることとなり、1830年英国人によって初めて「食べるチョコレート」が発明された。飲むチョコレートは4000年の歴史があるが「食べるチョコレート」は180年の歴史しかないと言ってもよい。
  • チョコレートの品質に及ぼす因子としては、油脂、ミルク等チョコレート構成成分のそれぞれの組成や調製方法も含め配合比率、チョコレートの製造方法もあるが、カカオマスや原材料のカカオ豆の影響が大きいと考えられる。カカオ豆の品質、産地、発酵、乾燥それぞれがチョコレートの品質に直結していると言える。
  • カカオの推定起源地はアマゾン密林の奥と考えられている。カカオはあおぎり科テオブロマ属に属し、品種としては、ナシォナル、フォラステロ、トリニタリオ、クリオロ等が知られている。クリオロは病害虫に弱く、収量が少ないがおいしい品種で、フォラステロは、病害に強く収量が多いが雑味も多い品種と一般的に言えるが、カカオは雑多なハイブリッドが広範に作られ続けており分類がきわめて困難である。しかし遺伝子学的手法も発展してきているので遺伝子で分類して、良い品種を探す努力は現在行っているところである。現在カカオ品種研究として、高品質カカオ豆の遺伝子レベルでの選択、提携農園での植栽候補株の選定、病害耐性品種の選定等を実施している。
  • 南米を起源とするカカオ豆は、現在赤道を中心に南北緯度20度の範囲で生産されている。アフリカではコートジボアール、ガーナ、ナイジェリア、カメルーン等、アジアでは、インドネシア等、南アメリカではブラジル等が主な生産地である。日本では年間米を約800万トン程度生産しているが、カカオ豆は世界中で年間350万トン程度しか生産していない。
  • 産地国におけるカカオ豆の生産は、栽培(施肥、病害虫コントロール)、収穫、豆、パルプ取り出し、発酵、乾燥、袋詰め、薫蒸、選別、輸出と労働集約型の農業であるといえる。産業基盤として脆弱であることや児童労働問題なども産地国では社会問題となっている。
  • 講演では、カカオの発芽の様子、カカオの花、受粉のメカニズム、ポッドの収穫の様子、発酵の様子やその工夫、カカオ豆の乾燥の様子等の珍しい写真を豊富に紹介頂いた。
  • カカオ豆発酵のメカニズムに関する報告もある。関与する微生物は、酵母菌、乳酸菌、酢酸菌、糸状菌類が知られており、アルコール発酵、酢酸発酵が起こっている。この過程を現地で精査に観察、研究することは大変困難であるが、この菌叢変化を時間軸で観察すると、一般論としては発酵初期過程では酵母菌が、次いで乳酸菌や酢酸菌が、そして芽胞菌が主体となっていると考えられている。発酵の過程で熱が発生し、植物としての種子が死に細胞内成分が変化する。これら発酵課程は菌の植え付け等の人工的なコントロールをしていない。カカオ産地における最適発酵条件の設定はチョコレート品質向上の大きな要因であり、最適な発酵時間にコントロールする為に、現地にも分かり易い漫画入りのカレンダー等を提供し、産地農家への働きかけに演者らは普段の努力を継続している。
  • ・ 講演の最後には、アマゾンのジャングル、自然に学んだ試みである、持続的農業、植物多様性を志向するアグロフォレストリーを紹介された。これは森林農法とも訳される作物栽培方法である。森の仕組みにならい、高木、低木、果樹、樹木を複数種類組み合わせて植樹する農法(混植、多品種栽培)であり、「森をつくる農業」と評されている。単一栽培では不可能な持続的な生産、病害蔓延の防止、伐採、開拓の跡地を利用することで森林再生が可能といわれている。そしてアグロフォレストリーに利用される植物には、胡椒、カカオ、アサイー、ゴム、ブラジルナッツ、マンゴー、クプアス、パッションフルーツ、アセロラ、マホガニーなどがある。これらの試みに企業としても協力するとともにチョコレートの主原料であるカカオも一役買って、経済的メリットのみならずアマゾンの回復にもつながることを期待している。

質疑応答
講演終了後時間の制約があったが、4人に対して質疑応答がなされた。
  • Q1;私自身お菓子作りが趣味であり、バレンタインデーにはチョコレートを500個、1000個以上作っているが、材料のチョコレートを選択する時、カカオ何%と表示されているのを参考にするがそれは何を指しているか教えて欲しい。
    A1:カカオマスとカカオバターを合わせた量をカカオ分として表示している。
  • Q2;チョコレートの色が白くなったりすることを経験するが実際にはどのようなことがチョコレートで起こっているのか。
    A2;28℃以上で白くなるブルームという現象がある。常温ではチョコレートの脂質(カカオバター)は結晶化しているが、温度等が変化すると結晶型とそのサイズが変化する。カカオバターの結晶は多形であり、I型からVI型までの6種類の型が知られている、V型が最も美味しいともされ市販されているチョコレートもこの結晶型にしているが、基本的には最も安定なY型に変化する。温度があがりX型からY型に変化するとき、結晶サイズも大きくなりミクロにみるとザラザラとなり白く見えるようになる。これがブルームという現象である。
  • Q3;同じようなものにバニラビーンズがありその発酵過程の研究をしたことがあるが、カカオ豆の発酵過程は明らかになってきているのか。生産地域により差はあるのか。菌叢の変化などは詳細に理解されているのか。発酵の過程で生産される物質も変わってきていると考えられるが、チョコレートの旨味の本質は何か、それらを踏まえたうえでより完成度の高いチョコレートを目指しているのか。またフレーバー等の研究はどうか。
    A3;発酵の条件は地域によって全部違う。カカオの発酵は固体発酵であり、カカオ発酵が工業化されていない理由は現地でしか出来ないことによると考えられる。サイレージ発酵に近い。本質はよくわからないというのが現実である。人為的にプロテアーゼ等を使用しても理論的には可能かもしれないがポットを割った時点で発酵が始まり、発酵のコントロールは大変難しいと考えられる。チョコレート香気成分は 1500種類ぐらい同定されているが、人工的に合成したものを混合してチョコレートのアロマをつくることには成功していない。
  • Q4;日本でチョコレートと言っていいものと悪いものがあるか、チョコレートの定義を教えて欲しい。またガーナやコートジボアールではチョコレートを食べたことはあるのか。本日の講演では古谷野さんは正直にわからないことが多いことを話されたが、理想のチョコレートはあると考えられるか。
    A4;日本とヨーロッパでは異なるが、日本では公正競争規約で、カカオ成分等を一定割合以上有するものをチョコレートと呼んで良いと決まっている。また生産地域でも保冷パック等で持っていき食べて貰っている。扱っているものが食べ物であることを理解して貰い、丁寧に扱って貰えることとなる。また美味しいチョコレートを食べてもらうことで、彼らのモチベーションも上がると考えている。理想のチョコレートとは、というテーマは本日講演のベースに流れていた私の思いでもある。理想の品種でカカオの良いものをつくり、発酵過程をコントロールすれば理想的チョコが出来るはずである、しかし、いろいろなものが混ざり渾然一体となっている神秘的なものがチョコレートであるとの感覚もチョコレートを長く扱ってきた私の実感としてもあることも事実である。

<懇親会>
中川交流副委員長の司会のもと、冒頭、平沢教授から挨拶、桐村教授、木野教授による乾杯のご発声を頂き懇親会が開始され、多くの聴講者が参加した。演者も精力的に懇親会場をまわり精力的に参加者の質問に答えていた。多くが参加した懇親会は賑やかな談笑の輪がいくつもでき、教員・OB・学生の絆を深めた。古谷野氏のご挨拶、下井副会長の閉会に当たっての挨拶、学生委員の薮田宗克君の一本締めで閉会となった。



(文責:中川善行、河野善行 写真:広報委員会)
注)講演録は応用化学会報 秋号に掲載される予定です。

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