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早桜会第20回懇話会を、5月23日(土)15時〜17時、大阪中央電気倶楽部で開催しました。
今回の講師は、旭化成で長年研究開発に携わり、定年後もベンチャー会社を設立し、研究開発を続けておられる井上昭夫氏(1969年篠原・土田研究室修士修了)から、「新規事業開発/ベンチャー起業の楽しさと難しさ」「化学企業で取り組んだポリアクリロニトリルの繊維/フィルム/膜の新規事業開発および機能性流体(ER流体)の開発の30年間とベンチャー起業12年間の研究開発の面白さと難しさを語る」と題して講演いただきました。
井上氏の初任配属は、当時稼ぎ頭であったカシミロン繊維事業部の富士工場で、現場の問題点を通して品質管理を基礎から勉強された。その後、研究課に移り、制電性繊維等の開発を担当した後、アクリル繊維事業の拡大のため研究所に派遣され、フィルムや多孔膜の開発を行いました。
当時難しいとされていたポリアクリロニトリル(PAN)の2軸延伸フィルムを高温の乾熱で水を可塑剤にして製造する方法を発明し、パイロット製造まで進めましたが、PANフィルムの最大の特徴であるガスバリア性を活かす食品包装用途が、アクリロニトリルモノマーの発がん性の問題(フィルムにはモノマーは残留しないが)で中止になった話など、開発されたフィルムや多孔膜のサンプルを回覧しながら紹介されました。
フィルム開発の失敗後、1986年社自動車会社の知人からの問い合わせを契機に、電場の強さで粘性が瞬時に大きくかつ可逆的に変化するER(Electro Rheology)流体の開発を始め、温度特性に問題ある従来の含水粒子分散系流体に代わり導電性粒子を用いた非含水系流体や高分子液晶を用いた均一系流体を開発されました。
自動車用途への展開を図ったが、厳しい要求には叶わず、それに代わる新しい用途として、医療福祉分野への応用を大学と共に検討されました。関連会社の旭化成エンジニアリング社(AEC)がこれに注目し、脳梗塞上肢麻痺患者の訓練装置や転倒を予防する歩行器などの開発を旭化成と共に進めました。しかし医療福祉機器事業の難しさからAECは撤退を余儀なくされたとのことです。
井上氏は定年を機会に、2003年にER流体関連の開発成果を旭化成との正式な契約を基にベンチャー会社を設立し、ER流体クラッチ/ブレーキや上肢リハビリ訓練装置などの改良を、大学科研費や政府・大阪府などの助成制度を活用して続けられました。上肢リハビリ訓練機器は関西を中心に多くの病院で臨床評価が続けられているが、医療機器や保険適応の認定を受けなければ病院には正式な採用をしてもらえず、とりわけ保険適応の認定には時間や費用がかかることが大きな課題とのことです。
しかし、井上氏は本装置を用いた訓練で良くなった患者や家族の喜びを目にして、是非とも実用化させたいとの強い信念を持ち開発を続けておられます。また、最近ではER流体だけではなく、磁場の強さで粘性が変化するMR(Magneto Rheology)流体の応用製品の開発も手掛け、世界でも最もコンパクトなMR流体ブレーキの開発にも成功されています
講演終了後、同様の開発や失敗の経験を持つ参加者からの多くの質問や感想で、議論が湧きました。
講演終了後は、いつもの居酒屋に席を移し講演の内容につき議論を続けたり、よもやま話で時の経つのを忘れました。
以上
(文責 田中)
出席者
津田實(新7回)、井上征四郎(新12回)、前田泰昭(新14回)、市橋宏(新17回)、井上昭夫(新17回)、田中航次(新17回)、辻秀興(新17回)、三浦千太郎(新21回)、岡野泰則(新33回)、斎藤幸一(新33回)、脇田哲也(新36回)、中野哲也(新37回)、福田誠(新41回)、島圭介(新48回)、數田昭典(新51回)、澤村健一(新53回)、陳鴻(新59回)