ご紹介いただいたように趣味も多く、いろいろと遊んでいる私ですが、それでも仕事ほど面白いことはないと思います。私がそう思うに至った「仕事の面白さ」について現在までの経験を基にこれからお話したいと思います。(写真をクリックすると拡大されます。)
学生時代は、平田研究室の移動班で異相流体界面における移動現象の解明という研究をしておりました。移動速度論というのは基礎的な学問で、ちょうど応用分野を探している時期でした。単結晶製造時の対流問題に、平田研究室の理論が当てはまるのではないかということになり、卒業論文の中で検証しました。修士論文の時には、その理論が現場で役に立つのかどうかを確かめたくて「もしもし・・私、早稲田大学平田研究室の波多野と申します。先生の論文を読みまして、興味を持ちましてお電話させていただきました。一度お目にかかっていただくことは出来ないでしょうか?」と直接研究者に電話し、また、学会では、論文の別刷りをもって、本当に役に立つと思われますか?と訊いて歩く、研究室の営業みたいなことをしていました。
今は「就活」とか言っておりますが、当時はのんびりしたものでした。先生の紹介でどこかに入れればいいというような感じで、私自身も何も調べもしないでマスコミとかいいなと漠然と思っていました。当時「なるほどザワールド」という番組があったのですが、司会の楠田枝里子さんが理系ということで、理系で文系就職もありかなくらいの軽い気持ちでした。TBSや日経マグロウヒルを受験し、日経マグロウヒルは二次面接までたどり着いたりしたのですが、今思えば自分でどこまで本気だったかはわからない状況です。
そんなあるとき、修士論文の関係で名刺交換をさせていただいた「光技術共同研究所」に出向していた東芝の方から、「ところで君就職は?」と訊かれたのです。M2の8月の半ば頃のことでした。「メーカーに就職する気なんて全くないですけど。」とお断りしたのですが、「まあ、騙されたと思ってとにかく1回見学に来てくれ。」と懇願されました。実際に見学に行ってみたら、素晴らしい方ばかりで断ることが出来なくなってしまい、東芝の総合研究所に内定しました。あとからよくよく話を聞くと、男女雇用機会均等法元年で、女性修士はのどから手が出るほど欲しかったのですね。・・本当に騙したのか・・というところではあったのですが、今でも続いているので、出会いを大切にしたのは間違っていなかったと思っています。
【総合研究所 電子部品研究所】研究者として入社し、青色半導体レーザ用のGaNの結晶成長がテーマでした。今であればGaNは皆さんご存知ですが、当時は青色の光というのは研究者の夢で「今世紀中には光らない」と言われていました。当時のチームリーダーが「できたらすごい特性が出る」という材料にチャレンジしなければ研究ではないという方で、そんなゲテモノ研究してどうするの?みたいに周囲から白い目で見られながら研究していました。そんなときに中村修二さんのグループが光ってしまったのです。そうしたら急に人が群がってきましたが、私は逆にさめてしまいました。まあ、冷める前に特許を書いていたにもかかわらず、全くものにならなかったのですが。
大学の研究室のような雰囲気の研究所で、研究者同士が目を輝かせて議論をする日常でした。そんなとき英会話の先生に「どうして一番苦手なことで勝負をしようとしているの?」と訊かれたのです。言われて気づいたのは、皆と私は目線が違うなということです。皆は現象をみて「あーだ、こーだ」言っているけど、私はそうやっているあなたたちが面白い!って。そこで、「モノ」ではなく「人」を扱うような仕事をさせて欲しいと希望して、研究所の企画担当に異動することになりました。
【研究開発センター 企画担当】1997年に東芝技術展があり、部品材料分野の幹事として、一般向けのテーマ映像を制作していました。当時、一緒に仕事していた先輩があまりにも偉大だったので、サポートをするというスタンスでした。その先輩がちょうど出張中に、リーダーから電話がかかってきたのです。「君、今何をやっているの?」「例の映像が・・なかなか上手くいかなくて・・。」「何を言っているんだ。それは君の仕事だよ!」「一般向けの映像を作っているんだろ。だったら彼よりも君のほうが得意なはずだ。」と言われて「はっ」としました。「目から鱗」と言いますが本当に鱗が落ちるみたいに視界が「パーッ」と開けました。そこから自分が主体的になって意見をしっかり言い、クリエータの方々と議論を重ねてわかりやすい映像といわれるものを作ることが出来ました。会社に入って初めて会社の役に立てたかなと心から思った一件でした。それからは、自分の視点というのは研究所には貴重なものかもしれないと自覚し、主体的に物事に取り組めるようになりました。研究所の採用向けのホームページ、パンフレットやPR-DVDの制作、社内展示会の事務局などの広報関連と、風土作り、講演会の開催、研究者に向けてのプレゼンテーション研修などの教育関連の仕事をしていました。
【営業企画室 戦略企画担当】そんなとき営業企画室に来てみないかといわれ、面白そうなので異動しました。営業企画室でも研究所にいたときと同じように何か私が役に立てることはないかなといろいろな提案をしました。でも、なかなか受け入れてもらえず、研究所と営業部門との文化の違いにショックを感じていました。
そんな中、VIP向けに技術情報を伝えるプレゼンテーションルームを作るという話が持ち上がり、一生懸命企画していたのですが、ちょうどITバブルがはじけて「凍結」ということになり、氷は溶けないまま今に至っている状況です。企画がよくても社会の状況や会社の事情が合わなければ実行できず、現実の厳しさを実感しました。
【営業企画室 戦略企画担当、総合営業部 マーケティング専任PJチーム兼務】総合営業部の仕事も兼務することになり、研究者と一緒にお客様のところに伺いました。研究テーマの事業化を目指してキーマンと直接お話をする・・これは非常に貴重な体験でした。ある分野の専門家は、非常に話が面白く、想定外の見地からの指摘があります。プロの方と直接話をして考えていくことで今までにない何かを作り出すことが出来るのではないかと実感しました。
また、研究所とは文化が全く違います。まさに体育会系で野球部やラグビー部出身という方も大勢います。そのときの部長は、野球部出身で「俺は監督だ。選手は君たちだから君たちがバッターボックスに立つしかないんだ。そのときにバットを振らなければヒットは出ない。でも、どんな強打者でも3割3分3厘。3回に一回しか当たらない。それでいいんだ。だから思い切ってバットを振ってこい。」と言われたのには大変感動しました。また、『Collaboration for Tomorrow』というお客様向けの展示会を企画したケースでは、その上司が社長のところに私たちを連れてゆき、「こいつらが考えている面白いことがあるのでとにかく聞いてくれ。」と直談判し、具現化出来たことも貴重な経験で、チームのモチベーションを高める一つの方策を学びました。
本社にいて研究所を振り返りますと、料理を作らねばならないのに一生懸命包丁を磨いていたり、変な形の人参を作っていたり・・そういうところはもったいないと思いまして、もう1回研究所に戻してもらいました。
【研究開発センター 企画担当・勤労担当兼務】研究所では、ビジョンに向かって皆が考えることが大切であると考え、所長が当時掲げていた『Human Centric Technology』のプロモーションを徹底的にやりました。「人と社会に真に価値あるものを作る『Human Centric Technology』」をビジョンにして「ヒューマンセントリックテクノロジー君」というキャラクターを作り、研究所の展示会にも活用しました。パンフレットの形自体もヒューマンセントリックになるようにと変形パンフも作りました。
展示会のコンセプトの重要性が認識されたのは、2006年のIFAベルリンショーに出席された西田社長の「このブースからは戦う姿勢が感じられない」とのコメントでした。当時の展示会は、カンパニーごとにレイアウトされ、商品のブランドごとにコーナーが設けられ、イメージカラーも違えば、キャラクターも違うし、表現方法も違うといった具合でブースの中にいろいろなものが混在する形でした。きちんとしたコンセプトとそれに従ったブース作りが必要ということで、コンセプト開発WGというものが2006年にできて、メンバーとしてアサインされ、「コンセプトが重要」と勝手なことを言っていました。
【広告部 展博担当】そんなときに本社広告部から声がかかって展示会担当に異動することになり、その勝手に言っていた「展示会のコンセプト作り」が全て自分に降りかかってくることになってしまいました。
ます、一年目は目標を立てました。
「統一コンセプトの確立」「運営体制の強化と戦略的な出展商品の選定」「ブースデザインの変更と他社をリードする演出技法の駆使」、1番目に関しては「Digital Life Innovation」というコンセプトを作り、人が機器を意識することなくしたいことができることと定義しました。2番目に関しては、技術WGというカンパニー横断のWGを作りコンセプトの内容を議論して、「Digital Life Innovation」の中身を考えました。また、ブースデザインに関しては、TOSHIBA Leading Innovationというタグラインのカラーバランスを保ちつつモザイクに変化していくモザイクパターンを多用することにより、東芝ブースの特徴を訴求しました。
ここでいう主要展示会とは、IFA(ベルリンショー)とCEATEC、CES(ラスベガスのCEショー)です。その中で統一コンセプトとして「Digital Life Innovation」を展開しました。IFAではまず、コンセプトステージを作りました。アカペラシンガーを呼んで、一人はTV、一人はDVD、もう一人はPCで、一人ずつ歌っても素敵ですが3人がハーモナイズするとよりすばらしくなることで、ネットワーク技術を表現しました。さらに、モザイクパターンをはじめて採用しました。CEATECでは、デジタル・メディア・マジシャンのマルコ・テンペストさんが手を掲げる・・それをハンドジェスチャー・ユーザインタフェースという技術にかけて表現するというステージを作りました。CESでは英語でマルコさん自身がしゃべりながらパフォーマンスをするという、よりインパクトのあるステージが作れました。
1年目は、コンセプトコーナーは作れても、カンパニーごとの展示コーナーというものは変えることができませんでした。前面はコンセプトで括った展示になっていても、裏に回るとTVはTV、PCはPCとバラバラでそれぞれが異なるメッセージを掲げており、全体としての強みは伝わりませんでした。また、東芝のデジタルライフというものはどういうものなのかを示すまでには至りませんでした。
2年目は、「Digital Life Innovation」の中身を明確にして、ビジョンをつくるために検討会を行いました。六本木ヒルズの会議室に各カンパニーのキーマンが集まり朝の10時から夜の8時まで専門のファシリテーターを雇い、アロマの香りが流れ、おいしいコーヒー、お菓子、お水や酸素ボンベまでが完備された非日常的な空間で、普段とは全く違った気持ちで終日議論しました。時の経つのを忘れるくらいの充実した一日でした。
その結果を纏めたビジョンは、「全世界・万物が共生し、その中で全ての個人が、一人一人の「志向性」に即して、ストレスなく、価値ある「体験」を拡大し、享受できる未来を創る。」となりました。このビジョンを表現した「コンセプト映像」は、デジタルプロダクツグループの「高画質」「モバイル&ストレージ」「デジタルホーム」という3つの戦略を、「自然」「技術」「シーン」という3つのパートで描きました。この映像を展示会のメインステージで流し、その後に説明を加えるパフォーマンスを企画しました。
2年目は、ビジョンとそれを表現した映像を作ることで、社内の説得ができるようになり、ゾーニングまで根本的に変えることができました。メインステージでも大きな進化があり、映像と実際のデモを組み合わせたアピールをしました。1年目は製品に採用された技術しか使えなかったのですが、2年目は戦略を示すことが重要であることを偉い方々に納得してもらい、実際の製品になっていないものをモックアップを使って擬似的にデモすることの許可を得ました。CEATECの高画質コーナーでは、真ん中がTV、左側がDVD、右側がPCで間にモデルが立ち、複数のカテゴリーの製品を一緒に語るというのは東芝ブースではそれまでありえなかったことで、画期的と言われました。
ナノテク展等の専門展示会では、技術をしっかり見せることが重要なので、新しい展示の形を考えました。技術の場合には電子顕微鏡の写真がメインのアイテムということもあるし、CGで動作を示すことが重要であったりします。そのときにパネルの中の図面というエリアに小さく押し込められてしまうと、本当に見せたいものが見えなくなってしまいます。ですから、テーマに応じて、本当に見せたいものをオーダーメイドで壁面に展開しました。また、それぞれのテーマにキャッチフレーズと技術の特徴を単純化したアイコンを作りました。例えば、「大規模水素電力貯蔵システム」という技術では、「水素で貯めてかしこく使う」というキャッチフレーズと貯金箱のアイコンを作り、一般の人にもわかりやすく技術を表現することも試みました。
【広告部 国内広告担当】 2009年4月からは、企業広告・BtoB広告チームの中で、環境広告と原子力広告を担当することになりました。環境と原子力というのは実は学生時代の専門に非常に近くて、環境は、JEMAの女性による環境フォーラムを主宰していたこともあり、環境コミュニケーションも試行していました。原子力についても前回の籏野先生の講演会を拝聴しましたし、身の回りに原子力関係の知り合いが社内外とも非常に多く、お役に立てるかなと思っています(原子力広告は⇒ http://www.toshiba.co.jp/nuclearenergy/topics/image/20090714.pdf)。
東芝の環境広告は、「星の王子さま」をつかって、「この星のエネルギーとエコロジーのために」というキャンペーンを行っており、今年で3年目になります。6月から星の王子さまを使った新シリーズがスタートします。6月は環境月間で、6月5日は環境の日ということもあり、「王子さま」の新しいビジュアルを使い、面白い表現ができたのではないかなと思っていますので「乞うご期待!」です
(「星の王子さま」の環境広告は⇒ http://www.toshiba.co.jp/env/prince/)。
「何でも受けてみる」「とにかくやってみる」。思い通りに進む仕事などないと思います。やればできると最初からわかっている仕事なんてつまらないです。できない理由をいうのはすごく簡単だと思いますし、文句ばかり言っていても一歩も進みません。なので、できる道筋というのを自分で描いていくことが大切であると思います。あきらめずに進めることで、あるとき急に思いがけないところから道が開けます。誰かに出会ったりとか、TVで何かを見たりとか、ふと道を歩いているときに、どこからか急にサーッと道が開ける瞬間というのがあります。そんな時には、仕事をやっていて良かったなと思います。
「自分なりの付加価値をつける」好きこそものの上手なれということで、仕事の中に面白味を見つけていくことが早道であると思います。楽しみながらやれると仕事自体が楽しいし、一生懸命になれます。そうはいっても自分なりといっていきなり持論を展開しても誰にも受け入れてもらえません。小さなことでもいいから実績を少しずつ少しずつ積み上げていくことで理解をされて、だんだんとやりたい仕事が向こうから歩いてくるようになります。
「出会いとコミュニケーション」はとても大切です。人でも仕事でも新しい出会いというのはチャンスであると思います。チャンスの神様の前髪をつかむということが大切であると思います。また、異分野に興味を持つことや異分野の方とのコミュニケーションは非常に重要であると思います。それぞれの分野のプロが集まって、自分の分野、自分の持論を議論し展開しあってそれがひとつになったときに創造的な仕事になると思います。なにか山が越えられないときとか、プロの方の話を聴くことで目の前が開けた経験があります。
偉そうに話してきましたが、全てがうまくいった訳ではありません。「リーダーシップ」には非常に興味があります。物事を進めていくときに、どういう風に進めていけば前に進むのかということには非常に興味があります。ただ、「マネジメント」には全く興味がないです。「管理」という文字がつくと全部だめです。スケジュール管理がだめ、予算管理がだめ、ウン千万の計算を間違えたりとか・・失敗は数え切れません。上司に「君は本当にいい仕事をするけれども、本当に“ポカ”もするよね」って言われたこともあります。 「おいしいもの」ならいくらでも食べますが、そうでないものは全く食べません。清濁併せ呑むということができません。嫌なものは嫌。なので、いろいろなところで軋轢を生みます。いわゆる「リーマン」にはなれず、いろんな問題をおこします。 「気は強い」が「身体は弱い」です。無理しては身体を壊すの繰り返しで、去年のCEATECでも本当に一人で何から何までしまして、終わったら目が回ってしまい、過労と診断されました。こんな私ですが、今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。
ご清聴ありがとうございました。